第2話
神父である青年───テレムと小さな修道女(シスター)フェリアの二人の教会の仕事は、掃除から始まる。
ここの教会は『ダンテ』という小さな街で唯一の教会であるため、利用者が年中多く、毎朝こうして掃除をしていなければ、すぐに汚れだらけになってしまうのだ。
また、小さな街ということもあり、建物の規模も小さいがために、訪れる利用者で一杯になることが多々あり、致し方なく普通では使うこともない教会裏へ出るための職員通路を臨時に解放して、参拝させるという強行策を取ることもあるがために、礼拝堂だけではなく、隅々まで掃除をしなければならない。
幸いにも、利用者が多いため、改装出来るほどの資金はあるのだが、年中無休の教会職、しかも先程から言った通りに、ここの教会の代わりとなる教会がこの街には無いので、改装するには、物理的にこの街にももうひとつ礼拝堂を開設するしかない。
───まあ、それも無理なので、毎日大掃除するのだ。
「───よし。あぁ……腰いてぇな畜生」
(ずっと雑巾掛けで腰曲げてるからかな……。ま、礼拝堂の床は全て終わらせたし、後は窓かな)
首に掛けている手拭いで汗を拭り、雑巾を水が入れられたバケツの上で絞りながら次に行う作業に目星をつけていると、不意に
「【求めるは雷光、ボルト】」
「うひゃあっ!?」
(いっ……痛ええええええええええっ!?)
「って何すんじゃいッ!」
「おっと、すみません神父様。鼠が一匹忍び込んだようで、仕留めようとしたんですが、丁度神父様が立っていた床が水浸しになっていたようで……」
「……」
「なんですかその明らかに疑わしいそうな目は……本当ですからね?」
フェリアはそう言いながら、確かに忍び込んだらしい、体を痺れさせている鼠を浮遊魔法で目の前に浮遊させ出してきた。
「……ほーん。なるほど」
「確かに、二度寝している怠惰な神父様を起こすために【ボルト】をしているという前科らしいものがあるのは、事実なので認めますが、流石に理由もなく神父様に【ボルト】をするぐらい私怨があるわけではありません」
「…………ほーん」
「私だってそれぐらいの優しさはあるのですよ?」
「………………」
しかし、それでもにわかには信じられないテレムは、真偽を確かめるように、無言のままジト目でフェリアの顔を見つめる。
「神父様。神に仕える役職者なるものが人に疑いの目を向け続けるなどあってはなりませんよ」
「うん。そうだね。でも、信じられない」
「理由をお聞かせください」
「フェリアだから」
「……理由を、お聞かせくだ───「フェリアだから」───……そうですか」
「うん」
即答だった。
しかも理由はフェリアだからという、それは一体? と聞き返したく、また聞き捨てなら無いものだった。
そんな今のテレムに、何を言っても無駄な気がするので、フェリアは諦めて、次にこう質問した。
「神父様。因みに、今はどのぐらいの沸点でしょうか?」
「火属性最高位魔法【ネオ・フレイム】ぐらい」
「すごく分かりやすい例えですね」
「だろ? 俺がどのぐらいイラついてるか直ぐに察することができただろ?」
「そうですね! あ、ではこうするとしましょう……」
とりあえず、凄く怒っているのが確認できた。
───だから、フェリアは逃げた。
「信じるか、信じないかはあなた次第です」
「いやいくら自分の弁解が通りそうに無いからってその返しは舐め腐りすぎだろ。というか都市伝説でも語る気?」
「あ、都市伝説といえば。こういう話があってですね」
「いきなり舵を切るんじゃねぇよ。いつ都市伝説話してみてってお前に言ったんだよ」
「はぁ……チッ」と、呆れながら、テレムは絞りきった雑巾と、汚水が入ったバケツを両手で持ち上げる。
「とにかく、これからは魔法は使うな」
「ええ……」
「ええ……じゃありませんよ。当たり前だろが。こうして二次被害が来てるし」
「……はい」
「掃除は終わったのか?」
「はい。全て終わらせています……」
「じゃあ休憩しろ。今日も盛況になるだろうからな」
「はい」
踵を返し、私室に戻ろうと、住居スペースの扉を開けようとフェリアがドアノブに手をかけたとき
「───ああ……」
と、何かいい忘れたことがあったのだろうか。テレムがそう声を上げると、フェリアは不思議に思い、振り返ると
「まぁ、その……鼠退治。ごくろうさん」
気恥ずかしいのか、背を向けながらテレムが、フェリアに労いの言葉をかけた。
「……」
らしくないテレムの言葉に、フェリア一瞬瞠目させたが、次には「ふふっ」と笑った後
「ありがとうございます」
と、微笑み返したのだった。
青年神父の教会日記 水源+α @outlook
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