青年神父の教会日記
水源+α
第1話
朝を知らせる小鳥達の囀りが、街の至るところで上がった。
そんな聞き心地がよく、煩く喧しい目覚まし時計とは違って自然と微睡みから覚めることができる小鳥達の声に、街の家々の住人が起きたのだろうか、明かりが続々と灯り始めた。
この街は、アメリア王国という、この世界の中心に位置する大きな国の郊外に位置する、規模が小さくとも豊かな、『ダンテ』という街である。
大勢の人々が王都に向かう途中で立ち寄る街で、その影響で多くの宿屋と、よろず屋が点在している。
その為、物資を輸送する他国からの殆どの馬車まで、このダンテを中継地点としているため、小さな街でも政府からは重要地点されているのだ。
証拠に、似つかわしくない重厚な壁が、周りを守るように取り囲まれている。
───そんな街、『ダンテ』の外れ、北端にぽつりと建っている小さな教会の一室で、一人の青年が、ベットの上で目を覚ました。
「……っ」
開いた瞳は黒く、程よく伸びた髪の毛も漆黒である。
この世界では一般的に金髪や茶髪が主流で、世間からみれば、瞳と髪も黒なのは珍しいといえよう。
「くっ……」
少し声を漏らしながら、むくりと起き上がり、しばらくそのままにしていると
「ふぅ……」
再び、地に還るようにその身を倒して一言
「まだ早い」
そうして二度寝を決行する怠惰な青年の部屋に、来客が来たようで、ドアノブが捻られた。
「───おはようございます神父様。準備、始めますよ………神父様?」
「すぅ……すぅ……」
「………」
「すぅ……す───「【求めるは雷光、ボルト】」───あひゃあっ!?」
部屋に入ってきたのは、シスターの服に身を包んだ金髪碧眼の少女であった。
金の長髪と、物腰優しそうな垂れ目の大きな碧瞳。
美少女と言っても過言ではない修道女は、気持ち良く寝息を立てていた青年に向かって、何か詠唱をしたあと、その拍子に青年を痺れさせる。
対して、青年は盛大に奇声を上げながら、体を跳ねらせ、一気に微睡みから覚醒したようだった。
「えっ? えっ? えっ?」
寝起きで意識がまだはっきりしていないのか、状況が理解できないために、誰かにこの状況を説明してほしいのか、何回も聞き返し始める。
「おはようございます。神父様」
「……え?」
「さ、準備しましょう?」
「…………エっ?」
「朝食が出来ておりますので、早めによろしくお願いします」
「………………へ? いやっ、いやいやいや」
「あっ、そんなに私が作った朝食が要らないのですね? 分かりましたっ」
「いやいやだからさ……フェリア、なんでここに居んの? 一応ここ、俺の部屋だよね? マイルームだよね? プライベートだよね? 平然と、しかも女の子が、年頃の男子の部屋に入ってくるとかあり得ないからね? ていうか、何朝っぱらから俺にボルトしちゃってんの? 驚きと電流で下手したら心臓止まっちゃうよ? ねぇ?」
そんな青年からの訴えを、フェリアと呼ばれた少女は「はぁ……」と嘆息したあと、図々しさを募らせた表情で返答する。
「今更何言ってるんですか。毎朝こうして起こしに来てるじゃないですか。ボルトに関しては、神父様が二度寝してるから悪いのですよ? 一度寝ならともかく、二度寝は神父に務まる者としてあるまじき行為ですから。神様からの天誅を、私が直々に下した、ということです」
「だから毎朝起こしに来なくて良いって言ってるじゃん。……というか、一応君より立場が上なんだけど……修道女が神に代わって神父に天誅を下すとかどんな高等プレイなんですか。というかどこのセーラーでムーンな女戦士の方ですか」
「先程から『まいるーむ』やら、『ぷらいべーと』やら、『ぷれい』やら、『せーらーでむーん』やら意味が分からない単語を混ぜてますけど、何か気に障るので止めていただきたいのですが」
「はい、理不尽。とても修道女が神父に対して言う言葉だとは思えねぇ……」
そう言いながら、毛布から足出して立ち上がると、見計らったように少女は切り出した。
「とにかく、早く準備してください。神父様」
「はいはい、わあーったよ」
「言葉はしっかりと発してください」
「はいはい、分かったよ」
「『はい』は一回です」
「はい、分かったよ」
「敬語」
「いや、さすがに無理。というかそっちが敬語使え」
「…………チッ」
「あ、舌打ちしたな。時給減らすわ」
「毎日欠かさず、朝昼晩と支度している私からの視点で言わせば、明らかに手当も出て良いことなんですけど、それさえがなく、且つ時給も減らすのであれば、支度する気力と、何より義理がありませんからね。これからは外食になりますが、良いですか?」
「…………っ」
「…………フっ」
勝ち誇ったように鼻で笑った少女。
内心、今すぐにでも解雇したい気持ちで山々な青年神父は、この勝ち誇った修道女の顔に、いつか泥を塗りたくってやってやろうと強く、強く決心するのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
朝食は、パンが主食だ。
トマトとジャガイモ、肉、玉ねぎを煮込んで作った簡単なスープにつけて食べるのだが、これがまた美味いらしく、青年がフェリアを解雇したいけども出来ない理由の一つとして、料理が上手い、というのがある。
毎日、このフェリアの料理の味を味わっていたら、他の料理が物足りなくなってしまうという事態が何時しか現れ始め、自分の舌がもうフェリア一色に染まりきってしまっていたのだ。
なので、不可抗力で手放したくないと思っているのだろう。
「くっ……今日も美味いな。畜生め」
「お褒めに預かり光栄です。まだありますからね」
「……っ、しゃーねーな。そんなに食べて欲しいんなら食べてやるよ」
そう強い口調ながら、優しく皿を差し出す青年に、フェリアはクスクスと笑いながら、皿にスープを丁寧に注ぐ。
「はい、どうぞ」
「ん、サンキュ。てかお前も食べろよ。俺だけ食べてるの、なんか悪い気がするし」
「あら、もしかして気を遣ってくれたのですか?」
「は? そうじゃねぇよ。お前が作ったのに、お前自身が食わないってそれ、一番おかしいでしょ」
青年からの指摘に、フェリアはさらりとした金の髪を、耳まで掬い上げてから、笑う。
「ふふっ……確かにそうですね。でも、良いのです。自分のために作る料理も良いですが、誰かのために作る料理も悪くはありませんから」
「……あっそ。じゃあ完食したるわ。絶対、後から文句言うんじゃねぇぞ? 見栄張ってるのバレバレだからな?」
「ええ、そうですね」
「……」
そうして、教会の一日は始まった。
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