最終話 ふるさとのヴィーシャ

 あの街から新大陸を挟んで反対側。広大な砂漠の中に、その拠点は開設された。合州国から提供された元陸軍航空隊の飛行場には、民間ナンバーを付けた軍用輸送機が並べられ、中には最新鋭のヘリコプターの姿も見える。広い敷地はボーン・ヤードを兼ねており、新旧様々な航空機が翼を並べて新たな主を待っている。

 周囲は見渡す限りの砂漠で、最も近い街までも数十マイル。防諜にはうってつけの立地だし、実弾射撃にも障害がない。

 書類上、航空貨物・旅客輸送業として開業したその法人は、一方で連邦政府や州政府の許可を得た民間軍事企業でもある。

 しかしてその正体は、ごく僅かな人間だけが知っている。

 国内から、海外から、陸続と集合する歴戦の闘士たち。

 彼らの顏は、中断していた大戦の再開、新たな戦争の始まりの予感にどれも輝いている。

 ああ、彼らは寄る辺なき者たち。

 故郷ライヒを救わんと奮闘し、そして叶わなかった敗者たち。

 死してなお、ライヒの未来に黄金を齎さんと誓った亡者たち。

 常に戦場に在り、戦友を導き敵を食い千切り、敵味方の屍の上に立つ狂戦士たち。

 彼らは帰ってきた。

 懐かしき、忌まわしき、輝かしき、栄光なき、彼らの棲処ホームへ。

 何年も顏を合わせていなかった戦友たちが、まるで昨日別れたかのような気安さで合流し、握手し、拳をぶつけ合い、腕を交わし、小突き合う。

「老けたな」

「お前もな」

「いよいよだな」

「ああ、いよいよだ戦友」

 今日、彼らの戦いが再び始まる。

 臥薪嘗胆の時は、決して短い時間ではなかった。中には運悪くこの日を見ることなく世を去った仲間もいる。誓いの数は積み上がるばかりだ。

 だが、今日を迎えられた。

 戦いの火蓋は再び切って落とされる。

 彼らを率いるは、かの〝白銀〟。

 誰が呼んだか〝原初の大隊〟。地獄から召喚されし、炎息吹く竜。大戦の悪夢の体現者。地獄の戦場を笑ってける、煉獄の使徒。


 格納庫にしつえられた雛壇の前に一分の隙もなく整列し、その時をじっと待つ。いまさら、あと数分が待てぬような繊細さとは無縁だ。

 来賓席に座る合州国人の監視など意にも介さず、視線は雛壇に注がれ続ける。

 コツコツと足音が響き、二つの人影が壇上に姿を見せる。

 長身の男性と、細身の女性。皆よく知っている副長と副官。

 集合せし勇士たちを見渡して、感極まった副長は僅かに涙を滲ませる。

「苦難の日々を耐え、よくぞ集まってくれた……」

 副官の耳にだけ、そんな独白の音が届いた。

 嗚呼。

 ヴィーシャは思う。

 ここは、塹壕だ。

 ここは、雪原だ。

 ここは、砂漠だ。

 ここは、泥濘だ。

 ここは、全てであり、唯一である。

 ここには全てがあり、何一つない。

 忘れていたわけではないけれど、欠けていたものがある。不足していたものがあった。失われたものに飢えていた。

 そして最後のピースが、嵌まる。

気ヲ付ケアッテンション!」

 副長の号令に、一糸乱れぬ反応。

「社長訓示!」

 なびく銀髪がヴィーシャの視界の隅を横切って、壇の中央に立った。

 それだけで、空気が張り詰める。

 触れれば切れそうな緊張感の中、社長はしかし悠然と口を開いた。

「ようこそ戦友諸君。頼りにさせて貰おう」

 格納庫の空気が爆発した。

「中佐殿!」

「大隊長殿!」

「戦闘団長殿!」

「指揮官殿‼」

「最高経営責任者殿‼」

 格納庫を埋め尽くす歓呼の中、ヴィーシャははっきりと自覚した。

 全く見覚えのない光景、新しい門出の風景なのに、横溢する空気はどこまでも懐かしい。


――ただいま。


 ここが私のふるさと。

〈ふるさとのヴィーシャ・完〉

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