第30話 ヴィーシャの新装開店

 自警団と市民の皆様の打ち上げパーティーで使った分以外の賞与は、自警団の財政基盤を整えるために使った。現金有価証券で基金を作り、不動産類を運用に回し、永続的に自警団の運用資金が供給される体制を作り上げた。

 さらに基金からは負傷した団員への治療費や、殉職した団員の遺族への弔慰金、遺児の奨学金などを拠出する。将来的には円満退団した団員への年金も出せたら良い。

 今回手に入れた中央とのコネを使い、進学に推薦状が必要になるような名門学校への進学を果たした子も出た。彼らが将来街に戻ってきて、また自警団を支えてくれることが期待された。

 街の治安は劇的に改善し、今や自警団は市のほぼ全域を警察と役割分担して巡回するようになっている。揃いのベレー帽を被るようになった自警団は、市民の評判も上々、団員の意気は軒高。

 すべてがうまく回り始めている。

 そしてヴィーシャはひっそりと代書屋の店舗を持った。

 自警団に譲られた不動産物件の一つで、通りに面した小さな店舗建住宅を借りたのだ。自警団側は物件そのものをヴィーシャに譲ろうとしたが、ヴィーシャは毎月の賃料を払うことを頑として譲らなかった。

 彼女なりのケジメだ。

 自分は自警団の団長でも何でもないのだ。雇われ訓練教官、くらいが丁度良い。


 開店の日にはあちこちから花束が届いて大変だった。中には、どこから聞きつけたのか、連邦財務省からのものもあった。

 街の人たちがサプライズで看板を用意してくれた。鉄枠の中に小さなシャベルが下がっていて、風に吹かれてくるくる回る、お洒落な看板だ。

「これを見れば何の店か、誰だって間違いやしないよ!」

 いつからシャベルが代書屋の代名詞になったのか、連合王国語はネイティブではないヴィーシャには窺い知ることはできなかったが、ありがたく頂戴した。あとでこっそり辞書を引いて確認したのは一応秘密だが。

 そうやって始まった代書屋の仕事はそこそこだ。子供たちが安心して学校に通えるようになったので、遠からず代書屋の需要は小さくなっていくに違いない。その間に別の仕事を探さないと、と思いながら、ヴィーシャは今日も新しく購入したタイプライタと戯れる。

 レミントン社製のスタンダード。ピアノのように磨かれた黒いボディは、毎日の仕事を楽しくしてくれる。発注した際に、何を間違ったのかレミントン社が製造した自動ライフルが送られてきたことも気にならないくらいだ。

 今日の書類はお礼状。自警団に入りたがっていた一人の少年が、その学力を見込まれて、なんと空軍士官学校への入学を果たしたのだ。推薦状を書いていただいた議員さんへのお礼の手紙を代筆している。

 次の仕事は、タイピストなんかも良いかも知れない。他にも、秘書とか。

 土曜日は午前営業。

 時計を見て、ちょっと早いけど店仕舞いしようかな、なんて考えて立ち上がったところで、入り口のドアベルがからころん、と音を立てた。

「ごめんなさい、今日はもう店仕舞いなんです――」

「おや、まだ時間があると思ったのだがな」

 ヴィーシャより心持ち低い背丈の少女が、鮮やかな銀髪をなびかせて、客のいない店内を見渡した。

「あまり繁盛していないようだが、経営は大丈夫なのか?」

「土曜日は、もともと、お客さんが、少ないんですよ」

 髪の色は違っているし、身長も体格もすっかり変わっているが、目が、瞳が、眼差しが、間違いなくだとヴィーシャに教えてくれる。全てを見通すかのような、玻璃のまなこ

「いらっしゃいませ、中佐殿!」

 見あやまる筈もない、敬愛する上司がそこにいた。

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