第29話 ヴィーシャと特別報酬

 新聞の一面を飾る「実刑判決、合計懲役二二〇年」の文字を見て、合州国の司法って奇妙だなとヴィーシャは思うのだった。どんな人間だって二二〇年は生きられないだろうに、と。

 どうやら合州国では様々な罪を重ねると、全ての刑罰が積算されるらしい。

 それならいっそ死刑にでもすれば良いのにとも思うが、そういうものでもないらしい。

 ともあれ、彼は西海岸にあるという、刑務所島で余生を過ごすことになるのだという。

「島一つ丸ごと監獄かぁ。合州国はやることのスケールが違うなぁ」

 妙な感心をしつつ、ヴィーシャはここまでの長い道のりを思い出していた。


 伝手を頼って連絡した連邦財務省から派遣されてきた特別捜査官によって、マフィアのボスには脱税の容疑がかけられた。

 大変だったのはその後で、財務省捜査官というのは権限はあっても実働戦力はない役職なんだそうで、必要な人員は現地で捜査官助手を任命することによって賄うのだそうな。通常は現地の警察官を指名するものらしいが、何故か自警団〝ガーディアン・ショベラーズ〟が丸ごと財務省捜査官の下に組み込まれてしまった。

 結果論から言えば、市長や警察署長まで逮捕される大捕り物になってしまったため、已むを得なかったとは言える。

 団員や街の支援者たちは大喜びだったが、いざ仕事の内容となると喜んでばかりもいられなかった。ヴィーシャは捜査官殿の護衛兼秘書としてほぼ付きっきりになって代書屋業を休業することになってしまったし、連邦判事や陪審員、証人、それらの家族を守るために団員も出ずっぱり。

 そして勤勉なことにマフィアは三日と置かずに襲ってくるのだ。

 敵味方に少なくない犠牲者が出てしまった。

 部下の死は、慣れてはいても平気にはなれない。何度も葬儀に出れば、悲しむ遺族に掛ける言葉も減ってくる。

 一刻も早く事態を収拾すべく、ただ全力を傾け、シャベルの乾く暇もない日々を過ごした。

 そしてとうとう昨日、ホンボシに法の裁きを与えることに成功したが、ヴィーシャの顏は晴れないままだ。

 余りにも犠牲が多過ぎた。

 国家の後ろ盾のある軍であれば、遺族には年金が出るし、傷痍軍人には恩給が出る。しかし、民間団体である自警団では資力に限界があった。

 悩ましい問題を抱えながら、ヴィーシャはユニオン駅へ捜査官殿を見送りにいく時間を確認した。


 この街の中央ターミナルであるユニオン駅には多くの群衆が詰めかけ、自警団が駅員と一緒になって人波の整理に追われていた。

 今にも乳母車が落ちてきそうな大階段を見上げるグレート・ホールで、ヴィーシャは特別捜査官と最後の挨拶を交わしていた。

「今からでも考え直して、財務省に入省する気はないかね、セレブリャコーフ君?」

「ありがたいお誘いですが、やはり自分は……」

「国籍のことを気にしているのなら、手続きなら口を利いてあげられるよ」

 移民には寛容な合州国だが、流石に国家機関ともなると国籍が必要になり、誓約同盟国籍のままで公職に就くのは難しい。別にこだわりがあるわけではないが、国籍取得の過程で色々とバレるのは困るのだ。

 微笑んで首を振るヴィーシャに、特別捜査官も苦笑いで応えた。

「まあ、無理強いすることでもないか。確かに碌な仕事じゃない」

「そんなことはありません。捜査官殿はご立派でした」

「自分が誇り高くあれたのは、セレブリャコーフ君と君の自警団が共にあったからだよ」

 一瞬、私の自警団ではありません、と返しそうになったが、礼儀上我慢しておいた。

「入省は諦めるけど、またいずれ、仕事を手伝ってもらえるとありがたい」

「その時は、喜んで」

 報酬次第で、と付け加えるのを忘れずに、二人は笑う。

「君のその手腕を、シークレット・サービスで活かせる日が来るのを、待ち望んでいるよ」

「その時は、またお世話になります」

 まあ、お世辞だろうとヴィーシャは本気にはしていなかった。本当にその日が来たならば、ヴィーシャは自分より遙かに適した人物を推薦する気でいる。

 そろそろ時間だ。

 床から鞄を持ち上げ、群衆に手を振って階段に向かおうとした捜査官氏は、ふと思い出して懐をまさぐった。

「そうだ、忘れるところだったが、今回の報酬のおまけだ」

「おまけ、ですか?」

 正規の報酬は既に連邦政府の規定通りいただいている。決して多くはなかったが。

「大統領閣下は君たちの活躍にいたく感銘されて、特別賞与の発給令にサインしたんだよ」

 つい昨日のことだがね、と笑う。恐らく捜査官殿が政府内で色々と骨を折って下さったのだろう。

「押収した不正財産の中から、この目録に載せられたものが君たち自警団に与えられる。受け取り給え」

 連邦政府の公印が捺された簡素な封筒が押し付けられ、ヴィーシャは目を白黒させる。中を見ても?と承諾をもらい封を開ければ、百万ドルにもなりそうな資産が並んでいた。

「喜び給え。君たちはそれだけ評価されたのだ」

「ありがとうございます!」

 ああ、これで資金面の苦労が一つ減ると思うと、ヴィーシャは満面の笑みを堪えることができなかった。

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