第28話 追憶のヴィーシャ

 どうしてこんなことになったのか、澱んだ頭で思い出す。

 始まりは、募兵事務所だった。

 イルドア系移民の子として生まれ、ジュニアスクールを出て仕事もなく、軽い気持ちで募兵事務所へ行ったら魔導適性を認められて入隊。訓練はそりゃぁ厳しかったが、後で思えばあそこでやっていたのはオママゴトだった。それに、生まれて初めてイルドア系以外の連中と一緒に暮らす経験は得難いものだった。生まれも育ちも肌の色も違う連中と肩を並べて訓練ドリル教官インストラクタの悪口を言い合うのは、愉快な体験だった。

 旧大陸の方で戦争が始まっていたのは勿論知っていたが、合州国ステイツは局外中立。まさか自分が戦争に行くことになるとは思ってもいなかった。

 それがあの〝電報事件〟で一気に風向きが変わった。帝国外務卿がメヒカーノスに発した対合州国宣戦布告要請は合州国の世論を沸き立たせ、〝帝国討つべし〟の機運が盛り上がる。部隊でも、何人もの仲間たちが拳を振り上げて〝帝国討つべし〟と吼えていた。

 そして――なんとも間抜けなことに――我々合州国が参戦すれば、旧大陸の大戦は速やかに終戦を迎えるだろうと、疑いもしていなかった。

 何にも分かっちゃいなかった。

 俺だけじゃない。

 仲間も上官もそのまた上官も、、知らなかったし、知らされてもいなかった。

 知っていたら、絶対に参戦しなかっただろうし、反対しただろう。連合王国の古狐どもも共和国のカエル食いどもも、俺たちがとしてやって来るのを心待ちにしてやがった。

 俺たちときたら、そんなことは露知らず、意気揚々と上陸したわけだ。

 後から思えば、どんな間抜けだと、いくら罵っても足りないくらいだ。

 はその日のうちに受けた。


 旧大陸の〝大戦〟は地獄と呼ぶのも生温い場所だった。

 あそこには、死人と、生きながらにして死んでいる者と、いずれ死ぬ者だけがいた。誰にでも平等に、そして理不尽に振りかかる、死。

 帝国軍の姿をした死は、余りにも容易く俺たちをバラバラにしていった。同じ訓練を受けてきた仲間が、同僚が、上官が、部下が、一切何の区別もなく、まるで「順番が来たから」とばかりに死んでいく。技量の高低も成績の優劣も、イルドア系も連合王国系も、髪の色も眼の色も、何の区別もなく。

 ほんの数フィート横にいた奴が死ぬ。前を飛んでいた奴が死ぬ。後ろに追いて来てた奴が死ぬ。そこには何の法則性もなく、俺が生き残ったのもただの偶然だった。

 努力? 死んだ奴が努力していなかったとでも?

 装備? 訓練時代の装備なんざあっという間に旧式化、毎月のように新型がやって来ていた。

 訓練しなきゃ間違いなく死ぬが、必死に訓練してもあっさり死ぬ。そんな場所に半年もいたら頭がおかしくなる奴が続出する。敬虔になる奴、儀式を始めるやつ、まだ乳臭いメスガキを聖女と崇め奉る奴。

 俺は、医療キットの鎮痛剤と仲良くなった。


 戦争が終わった時、俺はすっかりヤク中になっていた。笑えるだろ。

 不思議とクスリをキメてる時は敵弾に当たらなかった。こっちの弾も当たらなかったがな。

 それでも魔導師をやってられたのは、戦時だったから。戦争が終わったら流石に放り出された。一応名誉除隊にしてもらえたので、恩給は受け取れた。

 が、その後の生活は酷いもんだ。クスリと酒の無限ローテーション。どちらかが切れると、死にたくなるくらい鬱になる。貯金も恩給もクスリに注ぎ込んで、とうとうクスリを買う金も尽きて苦しんでいる時に、昔馴染みに声をかけられた。

「よう兄弟フラッテロ。困ってるんだって?」

「おう兄弟……クスリないか……」

「いい仕事があるぜ。クスリが打ち放題だ」

「やるよ。やるからクスリくれよ……」

「オーケー、契約成立だ」

 そんなわけで俺はマフィアの用心棒に雇われたわけだ。

 驚くべきことに、宝珠とライフルと術弾が用意されていた。どれもこれも訓練時代に使っていた型落ちの旧式だったが、完動品だった。

「よくもまあこんなもん手に入れたな」

「隨分カネ使ったらしいぜ」

「それで、何をぶっ壊せばいいんだ? 敵対組織のヤサでもぶっ飛ばすのか?」

 魔導師ってのは〝兵器〟だ。武器じゃない。

 拳銃やトミーガンの類とは訳が違う。

 俺だって伊達や酔狂で魔導師をやってたわけじゃない。

 だから、標的を聞いて、驚くより呆れ果てた。

「女を一人だ」

 馬鹿じゃねぇのか。

 人一人殺すのに魔導師とか、艦砲射撃で暗殺をやるくらい馬鹿気てる。

 そうは思ったが、クスリのためだ。

 せめて光学術式で苦しまないように即死させてやろうと思っていた。


 久しぶりの実戦に、心臓がバクバクと鐘を打つ。汗がだらだらと流れ、口は乾き、多分目は血走ってるだろう。呼吸が浅く早くなり、脳内でアドレナリンがドプドプ音を立てる。

「おい、兄弟! こんなところでなんて魔法を使いやがる!」

 用心棒の一人が、俺が爆裂術式をぶちかましたことに抗議してくるが、俺は取り合わない。

 銃を握る手がじっとりと汗ばんでくる。

 そうだ。直前までは本当に光学術式を使うつもりだった。だが、標的を見た瞬間、頭の中で何かが弾けた。

「おい、返事をしろ! おい!」

「うるせぇ! 默ってろ!」

 銃口が震えて定まらないのを、左手で押さえる。

 普通なら間違いなくってるが、確信が持てない。手応えがない。

 命中の瞬間に、魔導反応があった。

 ライブラリと照合しなければ。いや、したら駄目だ。

 だが、体は訓練通り動き、魔導反応をライブラリ照合してしまう。記憶の奥深くに封印した、恐怖の文字列が浮かび上がる。

「サラマンダー……」

「あ? サラマンダーがどうしたって?」

「あれはサラマンダーだ! 畜生! ここは合州国だぞ! 連中はバルジで死んだんじゃなかったのか!」

 これじゃ駄目だ! こんなんじゃ駄目だ!

 俺はもう一度魔力を注ぎ込んで爆裂術式をぶっ放す!

「うわッ!」「馬鹿野郎!」「やめろ! やめろ!」

 クソっ! クソっ!

 爆裂術式で身を隠せそうな茂みを片っ端から焼き尽くす。

「魔導師が狂った!」

「仕方ねぇ! 殺っちまえ!」

「うおおおお!」

 弾切れと共に防禦膜を前方に全力展開。銃剣を抜こうと腰に手を回して……。

 パン!


「もう、合州国ってホント荒っぽいなぁ」

 遙か上空に爆裂術式が乱舞する様を見上げながら、地上に舞い降りたヴィーシャは避難誘導にてんてこ舞いしていた。

 突然空から瓦礫が降ってくるのだ。地上は大混乱だった。

「宝珠だけじゃなくて術弾も野放しとか、合州国って本当に自由の国なんだなぁ」

 今度自分も手に入れておこう、なんてヴィーシャは心に決める。先方との交渉は残念ながら決裂してしまったから、実力行使の機会も増えるかも知れないし。

 勿論使わずに済ませられればそれが一番良い。

 自警団の支援者の中に、昔この街で活躍した財務省のなんとか氏と連絡が取れる人がいるらしいから、とりあえずその伝手で裏帳簿を始末しようと思うヴィーシャだった。

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