第26話 ヴィーシャと会計士

 〝ファミリー〟、という単語に部屋の中がざわついたが、ヴィーシャは小首を傾げただけだった。

「そんな方がなんでまたウチに転職を希望されるんですか?」

「それはっ……その、最近色々と景気が悪くなりまして、先行きに不安が出てきたと申しましょうか……」

 おもねるような物言いに、団員たちがたちまち気分を良くする。

「連中、隨分追い詰められてるようですな」

「所詮イルドアの優男。厳しい訓練を潜り抜けた俺たちの敵じゃないってことだ」

「わはははは」

「静かに」

「押忍、默ります!」

 確かに会計士は喉から手が出るほど欲しい。しかし、だ。

「正直申し上げまして、そのようなご立派な経歴の方にご満足いただけるようなお給料はお出しできるとは思えません」

 自慢にもならないが、自警団の給料はやすい。地元住民・商店・企業の寄付等で賄われているのだから、高い給料など払える道理もない。

「御縁がなかったということで。お引き取り下さい」

 ヴィーシャが目配せすると、心得た団員たちが会計士に詰め寄った。

「拾ってきた場所に戻しておきなさい」

「押忍、顧問!」

「えええ! ちょっと待って下さい!」

 抱え込んだ書類鞄ごと亀のように丸まる会計士を無慈悲に団員たちが摘み上げる。

「お願いします! それだけは勘弁して下さい!」

「正直にお話していただけますか?」

「話します! 話しますから!」

「よろしい」

 合図とともに、団員たちが再び元の場所に戻る。

 息を荒らげ身を竦ませながら、それでも書類鞄をしっかり抱きしめ、会計士は恐る恐る切り出した。

「濡れ衣を着せられたんです」


 会計士の言い分では、実際に使い込みをしたのはボスの愛人で、会計士は逆らうことができずに金を振り出していただけだというのだが、ともあれ、莫大な使途不明金の存在が発覚し、その下手人として彼が名指しされたことを知って逃げ出してきたのだという。

「無実なんです!」

 必死にそう弁明するが、彼が愛人の要求を突っ撥ねていればこうはならなかったわけで、要するにたらし込まれたのだろう、とヴィーシャは勝手に確信していた。ボスの女に手を出したとなれば、沈められても文句は言えまい。

「下半身がだらしないのは、ちょっとなぁ……」

「そう仰らず、どうか匿っていただけませんでしょうか」

「うーん」

「匿っていただけるなら、お力になれることもあると思います」

 必死に下手に出る会計士氏が、書類鞄をぽんぽん、と叩く様子を胡乱気に見やる。

「手癖が悪いのも、ちょっとなぁ……」

 手癖の悪い会計士など、誰が雇うというのか。

「そんな! これがあれば、抗争で勝利は確実ですよ!」

「いや、別に抗争なんてしてないし。ねえ?」

「押忍! 奴らなんざ敵ではありません!」

 団員が堂々と胸を張る。

 彼らは世間の安全を守る自警団だ。実力行使は飽くまでも〝自警〟の範囲内。犯罪組織と同じように思われては心外というもの。

「でもまあ、ウチに転がり込んで来た時点で巻き込まれてるし、仕方ないか」

 今からこの会計士をお返ししたところで、向こうは矛を収めてはくれまい。彼がここに連れて来られた時点で、事態は転がり始めている。

 ヴィーシャの将校としての本能が、いまさら後戻りは不可能だと告げている。

 であれば、最大限にこの状況を利用すべきだ。

「良いでしょう。包み隠さず全部さらけ出すなら、団員として歓迎しましょう」

「ほ、本当ですか!」

 喜色にほころぶ会計士氏に、ヴィーシャはぴっと指を立てて忠告した。

「勿論です。ただし、ウチのやり方を学ぶため、他の団員と同じ訓練は受けてもらいますけどね」

「ははははは!」

 団員たちが何故か笑和する。

 なぜ笑われたのかわからない会計士は、びくっと体を震わせたものの、覚悟を決めたのか、書類鞄を差し出した。

「〝ファミリー〟の裏帳簿です」

 また碌でもないものが飛び出してきたものだ。

 ヴィーシャは心の中だけで溜息を吐いた。

 おかしいな、そういうのは警察の仕事のはずなんだけど。

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