第25話 ヴィーシャの人材探し

 苦労した甲斐があって、自警団ビジランテの評判は上々だった。

「本当に驚いたよ!」

 代書屋を訪れる街の住人たちが口々にヴィーシャの業績を褒め称える。

「あの共がひと月ちょっとであんな礼儀正しくなるなんて、一体どんな魔法を使ったんだい⁉」

「別に魔法なんて使ってませんよ。ちょっとした教育法ノウ・ハウです」

 謙遜などではない。

 彼女の敬愛する上司のやり方をちょっと真似しただけの話。あの方の前ではどんな猛者も大人しくなったものだ。ヴィーシャには中佐殿程の力はないが、軍隊ならともかく、自警団ならそれで充分だった。それだけのことだ。

 生まれ変わった自警団員たちは、精力的に街の治安に貢献する一方で、街のにも積極的に取り組み、ゴミはゴミ箱に、再生可能なものは訓練場に送り込み、人員の拡大再生産も始まっているようだった。

「上納金をせびりに来る連中がいなくなって、本当にせいせいした!」

「非合法の賭場が一晩で綺麗さっぱり解体されたのはスカッとしたねぇ」

 合法的な賭博は州法に規定があるのだから、何も非合法に商売しなくても良いのにとヴィーシャは思う。もしかして手続きが難しかったのだろうか。そういう相談ならいくらでも請け負うのに。

「なんにせよ、ヴィーシャのお陰で安心して暮らせるようになったよ」

 分かってきたのだが、自警団というのは一種の隙間産業なのだ。

 警察は、権力もあるし暴力も備わっているが、法でガチガチにその行動が規制され、合法的な法執行しかできない。一方で犯罪組織は当然法を守らないから、攻撃の自由を得ている。

 この構図の中で自警団は、法執行ができない代わりに行動の自由があり、グレーゾーンを泳ぎまわる役割を担うわけだ。

 つまり、非合法でなければOK。

 善良な住民と犯罪組織の構成員が揉めていても、警察なら両者の意見を等しく聞かねばならないかも知れないが、自警団にはその種の配慮が必要ない。守るべきものは常に明らかだ。大人数で取り囲み、威圧して追い返すこともできるし、人目に付かないところでシャベルを使って説得しても良い。

 犯罪として立件されなければOK。

 街の平和を守るために危ない橋を渡って感謝が捧げられれば、団員たちの士気も上がっていく。二ヶ月前までは扱いされてたような連中が、今や一端の自警団員様だ。

 ただまあ、問題がないわけではない。


 代書屋業務が終わると、ヴィーシャは自警団の事務所に顏を出す。この店舗は元はこの辺りの住民に上納金を要求していたの団体が入っていたのだが、自警団とのシャベルを用いた犯罪にならない範囲での交渉の結果、円満な立ち退きが叶い、現在は自警団の事務所となっていた。

「押忍、顧問!」

「押忍、顧問!」

 事務所に入ると、団員が次々と挨拶をしてくる。

 挙手敬礼は警察や軍隊と間違われかねない(自警団は飽くまで民間団体だ)ため、挨拶は両足を肩幅に開いて両手を後ろ手に組んだ状態で頭を下げるお辞儀スタイルを採用した。秋津洲移民の人が教えてくれたこの様式は意外にも市民に好評らしい。

 制服を揃えるお金などなかったので、腕か襟か頭にオレンジのスカーフを巻くことで代用しているが、これも真似をする偽物が出るくらいには流行っているらしい。そのうち制服は必要だろうなぁ、とか思っている。

 しかしそれは喫緊の問題ではない。

「押忍、顧問! 本日のアガリであります!」

「押忍、顧問! 金庫であります!」

 自警団の活動資金は街の住人たちの寄付で基本業務はパトロールだが、それとは別枠で別料金で特別な仕事を頼まれるケースもある。まあ、警備員みたいな仕事だ。

 逆に団員の食事代のように毎日出て行くお金もある。

「いい加減帳簿付けくらいできるようになって欲しい」

「押忍、顧問! 申し訳ありません!」

 挨拶はしっかりはきはきと。しかし内容物は如何ともし難い。

 元々が読み書きも覚束ない連中を肉体中心に鍛え上げた結果、頭脳労働担当が不在の自警団と成り果ててしまっている。

 職務に忠実なのは良いのだが、毎日の出納すらも碌に管理できないのは困りものだ。

「いつまでも私が面倒見るわけにはいかないんだから」

「そんな薄情なこと言わんで下さい! ずっと我々を指導して下さい‼」

「次の訓練日を楽しみにしとる連中もおるんです!」

「そう、それじゃ次の訓練は会計の訓練にしましょう」

「勘弁して下さい!」

「俺らの頭は頭突きにくらいしか使えません!」

 きっと中佐殿なら、こんな男たちでも簿記の一つや二つできるように教育できるのだろうが、我が身の至らなさに嘆息するばかりだ。

「でも本当に、お金の管理くらいできる人がいないと困るよ」

「押忍、学齢児童の入団は不可であります」

「押忍、顧問の命令通り、ガキどもは学校に通わせております!」

 最低限、読書きと計算くらいはできるようになってから自警団員になるべし、と入団を希望して集まった子供たちには言い聞かせてあるが、これは長期の話だ。

 会計は、今すぐにでも欲しいのだが。

「どっかに会計士が落ちてないかなぁ」

 その時、騷々しい足音ともに事務所の扉が弾け、どやどやと団員が一塊になって雪崩込んできた。

「何事だ! 事件か⁉」

「押忍、客であります!」

「お客さん?」

 場所を空けようか?と尋ねたヴィーシャに「いえ、顧問が会って下さると助かります!」との返事。

 自警団へのお客を私が応対するのは違うんじゃないかなぁと思いつつ、書きかけの帳簿を片付けて客人に向かえば、ざっと団員が休メの姿勢で二人を取り囲む。

「ええと、お待たせしました。この自警団の顧問をやってます、セレブリャコーフです」

「お噂はかねがね……」

 眼鏡をかけた線の細い容姿の客人は、両手で書類鞄を抱えて、ビクビクしながら周囲を覗っている。最近ヴィーシャの周囲では見ないタイプの優男だ。

「で、どのようなご用件でしょうか」

「それはその、移籍の相談といいますか」

「移籍?」

「転職、と言い換えても。こちらで雇っていただけるなら、ですが」

「えーと……失礼ですが、ご職業は?」

「会計士をしております――」

 なんと! 会計士が向こうからやってきた!

「――〝ファミリー〟の」

 ただし、ちょっとワケアリな会計士だった。

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