第24話 指導教官ヴィーシャ
市民の手による治安組織、
「走れ走れ走れ!」
湖岸にある大規模公園の一角を借り受け、即席の訓練場として集まった希望者をとにかく走らせる。
結局ヴィーシャは、自警団の訓練を業務として請け負うに至っていた。手続きだけをするつもりだったのだが、市民代表者たちから、組織づくりや運用ノウハウの欠落を訴えられ、雇われ教官として自警団に参加することを承諾するに至ってしまった。
本業は飽くまで代書屋。それは譲らないが、自警団の運営が軌道に乗るまではお手伝いをする。
周囲の思惑はともかく、本人はそのつもりだった。
そして訓練キャンプに集められた志願者を見て、ヴィーシャは絶望的な気分になった。集まったのは街の若年層を中心に、何を勘違いしたのか、腕っ節の強さが自慢の
これはいけない。
自警団は
こういった連中に規律や秩序を叩きこむ方法を、ヴィーシャは一つしか知らなかった。
息を大きく吸う。
「
号令に即座に反応した者が三名。動作からして、軍隊帰りと見える。
(よし、こいつらは拾い物だ)
内心そう思いながら、残る人員を次々と立たせていく。
「立て! 気を付けだ! 足を揃えろ! 腕を真っ直ぐ降ろせ! 動くな! ふらつくな!」
シャベルを片手に男たちを片っ端から
「な、何しやがる!」
「口答えするな! 気を付けだ!」
容赦なく足を払い転がしたところを踏みつけ、襟首を摑んで引きずり上げて気を付けの姿勢を取らせる。反抗的な態度を示した者はことさら丁寧な
一日かけて、なんとか全員が直立したり回れ右したりできるようになった。まったく、直立二足歩行ができるまで進化させるのに一日かかるとは、中佐殿に顏向けができないというもの。
二日目からは走って腕立て伏せをしてスクワットをするという、単純な体力練成だ。勿論将校たるヴィーシャは率先して手本を見せる。
「何だ貴様! まだ百回も終わってないぞ!」
「女に負ける程度で治安維持ができると思ってるのか!」
「男を気取るなら私を追い抜いてからにしろ!」
腕立て伏せの背中を踏みつけ、スクワットの足を払い、走る男たちの尻を蹴飛ばす。
三人いた軍隊帰りは流石に飲み込みが早く、彼らが真っ先に従順になってくれたお陰で、速やかに自警団に秩序が構築された。
「教官殿! 定員三八名、現員三八名! 事故なしであります!」
「よろしい、本日は解散!」
「イエス、マム!」
毎日、明日には何人減ってるかな?などと思っていたのに、意外なことに誰一人として脱落者がないままに訓練は進んでいった。
(こいつら、根性だけはあるのかも)
V601では半数が脱落したことを考えれば、負荷の桁が違うとはいえ、彼らの根性は見上げたものがあった。
教え子の成長が見えるようになれば嬉しくなるのが人情というものだ。ヴィーシャの指導にはさらに熱が入った。
戦闘技能としては、自警団では徒手挌闘を重視した。治安維持というのは何も犯罪者を射殺することではない。酔っ払いや不埒者を〝制圧〟することこそが肝要であり、何より彼らが存在することでそういった連中に悪心を起こさせない抑止力になることが求められる。
タイマンの喧嘩ではないのだ。単純な腕っ節の強さは意味が無い。
「素早く数的優勢の状況を作れ! 貴様らが負けたら市民が犠牲になる! 卑怯だと笑われても街を守れ! それが貴様らの名誉だ!」
「イエス、マム!」
常に二人一組、四人一組などのチームで挌闘をする。局所的、時間的に数的優勢を作って速やかに制圧、これを全員捕縛まで繰り返す。そのためには全員が有機体のように一体となって動けるまで訓練する。必要があれば道具も使うが、警棒やバトンなど、赤裸様な武器兵器に見えないものを慎重に選んだ。
ヴィーシャが指導によく使ったのは手に馴染んだシャベルだったが、訓練を進めるうちに団員の中にもシャベルを選択する者が増えていき、気がつくとほぼ全員がシャベルを携帯するようになっていた。
彼らもシャベルの良さに目覚めたのだとヴィーシャは感動する。
団員たちが訓練に身を入れるようになると、ヴィーシャも熱心に彼女が会得してきた技術を伝授した。
そんな日々が六週間も続けば、団員たちの顏付きすら変わってくる。締りのない顏に張りが出てくるし、目つきも鋭く光ってくる。
ヴィーシャがよく知っている、仕事の出来る男たちの
(自分の指導法は間違っていない!)
確信とともにヴィーシャの教育はさらに加速した――
本日をもって貴様らは無価値なウジ虫を卒業する
本日から貴様らは自警団員である
団員の絆に結ばれる
貴様らのくたばるその日まで
どこにいようと自警団は貴様らの兄弟であり戦友だ
これより諸君は任地へ向かう
ある者は二度と戻らない
だが肝に銘じておけ
そもそも自警団員は死ぬ
死ぬために我々は存在する
だが自警団は永遠である
つまり―――貴様らも永遠である!
故に、自警団は貴様らに永遠の奮戦を期待する
尊敬する元上司のスピーチを丸々剽窃した挨拶を終え、ヴィーシャが訓練教官の任を降りた時に生まれた自警団は、盾の中にシャベルを描いた紋章を背負い、街の人々を
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