第23話 ヴィーシャのお仕事

 朝起きるとベッドの下から這い出し、窓に銃痕などが開いてないことを確認しつつ、手早く身支度を整える。

 リボンタイのブラウスに、ビジネス向けのパンツスーツ。その上から軍用コートを羽織り、足元はショートブーツで固め、書類鞄とシャベルを持って出勤。

 港湾局の近くの路上にしつらえられた、小さな木製のボックスがヴィーシャの仕事場だ。寒空の下、開店前から港湾労働者たちが本日の登録書類を持って列をなしている。

「すぐ開けますからね」

「おう、頼むわ!」

 鍵を開けて中に入り、小さな簡易ストーブに炭を放り込んで術式で点火。ポットを乗せて、いざ開店。

「はい、これでオッケーです。次の人~」

 毎日同じような定形書類であっても、数が数だけに大変だ。

 これまで元締めが一元管理していた書類を、できるだけ自分で管理させるのがヴィーシャ流。できれば、自分で読み書きができるようになるのが一番だ。

 ヴィーシャは飽くまで代書屋。最近では名前や日付くらいは自分で書き入れて来る者が増えている。その分ヴィーシャの取り分は減るが、人数が増えて手が回らない位なので丁度良い。

 朝一のラッシュが終わるとしばらく手隙になるので、その間に通勤途中のスタンドで買ってきたサンドイッチで朝食。たまに港湾局から書類不受理で戻ってきた人の再提出をしたりする。

 昼には客層が変わり、本業的代書屋。手紙の読み書きやら、書類の代筆やら、時には相談事なんかも。

「最近〝ファミリー〟がうるさくてねぇ」

 半世紀前に移民でやって来たというおばさんが手紙を畳みながら溜息をついた。

「はあ、ご家族ファミリーが? 何か心配事でもあるんですか?」

「なんだか景気が悪いみたいでさ。他所に押されてるみたいなんだよねぇ」

「はあ」

 この自由競争至上主義の合州国では、栄光も没落も珍しいことではない。

「また治安が悪くなりそうで不安だよ」

「景気が悪くなると治安が悪くなりますものね」

 毎日のように銃犯罪が起こるこの街の治安がこれ以上悪化すると、商売に差し障る気がしてならなかった。平和…治安が経済に与えるコストを、中佐も繰り返し主張しておられた。

 しばし悩んだ上で、提案してみた。

自警団ビジランテなんてどうでしょうか」

 ヴィーシャが見る所、この街は圧倒的に警察力が不足している。どうも合州国市民は警察という〝非民主的〟組織に隔意があるようなのだが、その結果として犯罪の横行を招いてしまっている。

 しかしここは〝自由の国〟。公的機関がやってくれないのなら、自分たちでやってしまえ、が基本原則だ。治安組織はおろか、軍事組織である民兵団ミリシアだって民間で設立することができる。

「手続きなら代行しますよ」


 夕方になると、戻ってきた人夫たちを点呼。事故や怪我がなかったか確かめる。

 実は港湾局との契約には損害賠償規定が付帯しており、荷主が事故に際しては見舞金を払う規定があったのだが、かつては元締めが全部ピン撥ねしていた。ヴィーシャは皆の事故や怪我の申請も代行している。もちろん、取るのは正規の代書料金だけ。

 人足たちは元締めがヴィーシャに変わってから待遇が良くなったと大喜びだ。

「良くなったわけじゃないんだけど。そもそも私元締めじゃないし」

 店仕舞いの後は皆で酒場に繰り出して夕食。人足たちの健康に気を配るのはサービスだ。旧大陸への輸出が絶好調なため、港湾労働者は常に不足気味だ。彼らは貴重な戦力であり、怪我なく健康に毎日仕事に励んでもらわないと、最終的にヴィーシャの取り分に影響する。

 兵・下士官の状態を点検し、戦力を維持するのは将校の努め。

 彼女の敬愛する上官殿の姿は、今もヴィーシャの手本で在り続けている。

「そういえばヴィーシャ、自警団ビジランテ作るんだって?」

 料理を運んできたウェイトレスにそう訊かれて吃驚する。

「え? 違うよ、手続きをしても良いって話をしただけで……」

「そうなの? なんだかヴィーシャが自警団を作るから兵隊を集めてるって話だったんだけど」

「なんだと⁉ いよいよ旗揚げか!」

「おお! 俺たちも入ってやるぜ!」

「待ってました! イルドア系の奴らがデカい顏できるのもこれまでだな!」

 酒場の男達が盛り上がるのに、どうしてこうなったとヴィーシャは頭を抱えた。

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