第22話 ヴィーシャの転変

 、色々あった。

 とりあえず落とし前を付けてから南へ逃走し、誓約同盟との国境山岳地帯を単独突破。訛りのきつい高地系ライヒ語に苦労しながら銀行から当面の活動資金を引き出したころに、かの組織から接触があった。

「後事は任せろ」

 良かった、これで故郷の人達も安心だ、なんて思ってたら、あれよあれよという間に偽装身分証やらパスポート、移民許可証などが用意され、気がつけばチケット片手に波止場に送り出されていた。国際河川を下ってオラニエで乗り換え、一週間の船旅の果てに流れ着いたのは新大陸。

 入国審査官から「ようこそ合州国へ」と言われて、ようやく自分がどこに立っているのか理解した。

 見上げれば、摩天楼。

 目が回りそうな有為転変。

 どうしてこうなったのか自分でもよくわからない。

 右も左も分からない中、つい先ごろまで戦争をしていたとは思えないほどの物質的豊かさに圧倒された。走り回る車。煌々と光る灯火。商店に並ぶ多彩な商品。街ゆく人達の衣服も清潔で糊が効いている。

 金属供出から始まり、ありとあらゆる資源リソースを戦争に注ぎ込んで疲弊の極地にあった帝国とは、天地の差だ。

「中佐殿が散々合州国を警戒するわけだ……」

 戦争とは、経済力を燃料にして軍事力を発生させ続ける汽缶の作用みたいなものだ。合州国軍と戦った所感から、合州国は兵站が優秀だ、とは感じていたものの、こうして入国して実態を見れば、呆れ返るほどだ。

 ともあれ、誓約同盟から合州国へやって来た新移民ヴィクトーリヤ・イヴァーノヴナ・セレブリャコーフは、何度目かになる人生の新たな第一歩を踏み出すことになった。

 合州国で使われる連合王国語は、将校教育中に短期集中で叩きこまれたものが充分役に立った。

 最初はライヒ語との通訳か翻訳の仕事でもあれば、なんて思っていたのだが、もコネもない身では難しく、手っ取り早く日雇い仕事が集中しているという街へ移動して港湾人足の肉体労働に従事することにした。

 最初は普通に人足をやっていたのだが、字が書けて計算ができるヴィーシャが元締めのピン撥ね具合の酷さを指摘してしまったあたりで〝自由の国〟の洗礼がヴィーシャに襲いかかった。

「なんだコラ文句でもあるのか?」

 つまり、己の権利は己の力で勝ち取れということだったのだ!

「俺たち抜きで仕事なんか受けて良いと思ってるのか」

 なんでも合州国では憲法の修正二条とかいう条文によって民間人の武装する権利が保証されているらしく、元締め側は躊躇なく銃器を持ち出してきた。

 旧大陸の中でも規律に厳しい国からやって来たヴィーシャとしては、そのおおらかさに感銘を抱かずにいられなかった。

「さすが〝自由の国〟だなぁ」

 ヴィーシャは直ぐさま合州国の流儀に適応し、己の権利を確保するためにを行使した。つまるところ、大隊流である。

 想定外のことがあったとすれば、の抵抗が思ったより脆弱だったことくらいか。合州国軍の陸軍一箇中隊くらいの抵抗は予想していたのだが、肩透かしだった。

 ともあれ、かくしてヴィーシャは単なる人足から人足を束ねる側に回り、最近は代書屋業という形に落ち着きつつあった。

 広告宣伝などは一切していないが、口コミでその誠実な仕事ぶりと〝事業安定性〟が知れ渡り、顧客は順調に増加しつつあった。

 なぜか常に携帯している道具から、〝シャベルのヴィーシャ〟の屋号が定着しつつあるのを、彼女はまだ知らない。

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