新大陸のヴィーシャ

第21話 ヴィーシャ、海を渡る

 数ヶ月後。

 合州国の工業都市に、ヴィーシャの姿はあった。

 大西洋と大河で繋がり、一方で運河を経由してメヒカノース湾へ繫がる大河にも接続し、東部と南部を繋ぐ合州国中西部有数の物流拠点だ。

 港には東へ、南へ向かう荷物が山積みになり、それを船に積み込み、また積み下ろす港湾労働者たちが群れをなしており、そういった日雇い労働者の集まる安酒場の中に、ヴィーシャの姿もあった。

「むむむ……レイズだ!」

「俺は降りるぜ、ドロップ」

「うふふふふ……オープン。今日もごちそうさまー」

「うわ! エゲツねー」

 皿に積み上げられたコインの山がヴィーシャの前にずずっと運ばれてくる。

「かーっ! マジでイカサマしてんのかってくらい強ぇなぁ」

「実力ですよ、じ・つ・りょ・く」

 ウィンク一発で男達を沸かせたあと、硬貨の山を持ち上げて叫ぶ。

「マスター! このお金で皆さんにご馳走してあげて」

 寡黙なマスターは分かったと手振りで示し、キッチンに入って料理を始め、ウェイトレスの女の子がトレイの上にコインの山を移して持ち去っていく。

「ヴィーシャに負けると食生活が健康になっていけねぇ」

「お酒飲むより健康的でしょ?」

「やめてくれよ、禁酒法なんてもう昔の話だぜ」

 酒場に笑い声が弾ける。

 世紀の実験、と呼ばれた試みが失敗に終わり、自由に酒が飲めるようになって久しい合州国ではあったが、その時の混乱は尾を引いており、今なお粗悪な密造酒の流通が絶えない。

「飲むならちゃんとしたお酒を飲むべきです」

 宝珠で解毒しないと危険な飲み物を〝酒〟と呼ぶのは憚られる、というのがヴィーシャの考えだ。

「明日も仕事があるんですからね。早寝早起き、怪我なく健康が一番です」

「お前は俺たちの母ちゃんか!」

「男を気取るなら書類くらい自分で書けるようになって下さいね」

「こりゃ一本取られたな」

 わはははは、と陽性の笑いが木霊する。

 この辺りの港湾労働者は貧しい移民の子で、最低限の読み書きすら覚束ない者がほとんどだ。その結果、港湾での人足仕事でも元締め頼りで、書類の代書という理由でかなり上前を跳ねられていた。

 旧大陸からの新移民として現れたヴィーシャが、「あ、私読み書きも計算もできますから」とか言って元締めの手を跳ね除け、「俺たち抜きで仕事なんか受けて良いと思ってるのか」と凄んだ用心棒氏をしまって以来、なし崩し的にヴィーシャは元締め業を営むことになってしまっていた。

 若い美人が書類を代書してくれて、しかも費用は良心価格、賭けも強けりゃ腕っ節も立つとなれば、日雇い労働者諸氏は諸手を上げて新規参入を歓迎し、生活態度にうるさいくらいは許容範囲、と今や一大勢力と成り果てている。

 もちろん、旧来の元締めからは完全に敵視されており、何度となく襲撃を受けたのだが、ことごとくこれを撃退。暗黒街では〝シャベルのヴィーシャ〟として本人も知らぬ裡に名を馳せつつあった。

 酒場の男達を解散させ、帰り道でいつものごとく銃を持った男を何人かシャベルで叩き伏せ、「新大陸ってホント治安悪いんだなぁ」と溜息を付く。軍隊帰りのヴィーシャですらこれなんだから、普通の女性は夜街を歩けないに違いない。

 街灯の明かりは煌々として、繁華街にはネオンサインも煌めく活気あふれる街なのに、明るいからこそなのか、闇は一層深い気がする。

「私この街でちゃんとやってけてるかな?」

 安アパートの一室に戻り、仕掛罠が無事であることを確認しながら、でもここは何故か懐かしい雰囲気があるのだ、とベッドの下に潜り込み、寝袋に包まって思うヴィーシャだった。

 この街のルールはシンプルで分かりやすい。

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