第20話 ヴィーシャのお片づけ

 森に女がいる、という不確定情報に基づいて派遣されたトラックが戻ってきた時、町の広場では火が焚かれ、一仕事終えた連邦兵たちが思い思いに酒をかっ喰らっている最中だった。

「ったく、この町もシケてんなぁ。碌な酒がねぇぜ」

「帝国じゃビールは酒なんだとよ。故郷クニとは違うってことさ」

「酒もひどいが女もひどい。どこへ行ってもババアとガキばっかじゃねぇか」

「西に逃げたって話だったのにな」

「こりゃぁ戦争でみんなおっんじまったんじゃねぇのか」

「お、噂をすればトラックが……」

 月の輝く星空の下を、ライトをつけたトラックがゴトゴトと近づき……そのまま突っ込んできた!

「うわああ!」

「何しやがる馬鹿野郎!」

 咄嗟に避けたので轢かれた者はいなかったが、転んだりぶつかったりで怪我をした者が怒り心頭で停車したトラックのドアに手をかけた瞬間、ドアが内側から蹴破られ、発砲音と共に兵士の頭が吹っ飛ぶ。

「な……に?」

 一瞬の硬直。理解不能な事態に対する思考停止。

 そんな隙を見逃すほどヴィーシャは優しくない。東部で慣れ親しんだ手つきで槓杆を操作して滑らかに次弾を装填するや、躊躇いなく発砲して二人目を射殺。流れるように三人目を撃つ。

「何だこいつ!」

「女だぞ!」

「関係あるか! 撃て撃て!」

 慌てて銃を構えようとする連邦兵を、冷酷なまでの正確さでヴィーシャは次々と撃ち抜き、弾倉が空になると機械的なまでの素早さで装弾し、射撃を継続する。

 ようやく一発がヴィーシャを捉えるも、虚しく防殻に弾かれる。

「なんだよ、弾効かねぇぞ、おい!」

「誰か! 手榴弾!」

 防禦を防殻に任せて、ヴィーシャは見つけるを幸いとばかりに連邦兵を鴨撃ちにする。

 銃声に驚いて飛び出してきた連邦兵をこれまた撃ち殺し、撃ち殺した連邦兵の腰の弾薬盒を開けて弾を奪い、淡々と射撃を続ける。

 ようやく事態を把握したのか、一箇班程度の連邦兵が二列の銃列を作って一斉射撃を加えてきたが、九七式の作る防殻がその程度で飽和する筈もない。

「こいつ、魔導師だぞ!」

 ようやく気づいたか。もう遅い。三秒で五発を五つの目標に叩き込んだ後、銃を捨ててシャベルを抜き放つ。

「死ねぇ!」

 投げ付けられた手榴弾をシャベルで柔らかく受け止め、くるり一回転させて投げ返す。

「うわあ!」

 爆発を受けて吹っ飛ばされ壊乱する敵兵を、飛行術式で追っては突き刺し、追っては突き刺し。逃げ出そうとしたトラックを見つけたら奪った手榴弾をプレゼント。

 夜明けまで続いた清掃作業からは、ただの一人も逃れることができなかった。


 空が明るくなったころ、下半身丸出しの政治士官が拳銃を突き付けられているだけになっていた。

「き、き、貴様こんなことをしてただで済むと――」

 パン、と政治士官の右耳が千切れ飛ぶ。

「ひっ、ひー!」

「お前の始末は後だ」

 冷酷に連邦語で言い放つと、銃把で殴って気絶させる。死体から剝ぎとったベルトで手足を縛り、猿轡をかけると、一台だけ無事に残ったトラックの助手席に放り込む。

 町中に点々と転がる死体を引きずっては荷台に放り込んでいると、ぽつぽつと街の住人が姿を現し始めた。

「ヴィーシャ……」

 呼びかけられても、顏向けができなかった。町長臨時代理氏を始め、抵抗した何人かが射殺され、多くの女性が陵辱されてしまった。

「ごめんなさい。私が町にいればこんなことにはならなかったのに」

 なんでこんなことに、と恨み節が聞こえる。この先どうしたらいいんだ、と惑いの声。連邦に復讐されるんじゃないか、と不安が零れる。

「この町に火をかけますから、町を捨てて下さい。そして、西へ向かって下さい。火事が起きて、焼け出されたことにして」

 最初に町に突っ込ませたトラックのガソリンタンクの中身は、木材や薪に火を付けるのには足りるだろう。

「本当に、ごめんなさい」

 町を救いたかった。

 家族を、親戚を、知り合いを、町の住人を救いたかった。

 ふるさとを、守りたかった。

「ヴィーシャはどうするんだい?」

 母が、よろよろと近づいてくる。浴びた血を移したくなくて一歩退いたら、拒絶されたと思ったのか、母の顏が悲しみに染まった。

「私は、これを始末したあと、一人で逃げるよ。追手がかかるかもしれないから」

「ヴィーシャ……」

「ごめん、お母さん、本当にごめん……」

 私のことは忘れて。

 この日、ヴィーシャのふるさとの町は、消滅した。


 旧帝国領ののために派遣されていた第一四四自動車化狙撃中隊の分駐地において発生した集団失踪事件は、長らくその存在すら秘匿されてきた一級機密であった。

 ある日、一箇中隊約百名が何の前触れもなく忽然と消え失せたその事件は、当初トラックが数台なくなっていたことから集団脱走を疑われ、内務人民委員部による徹底した調査が行われたが、中隊員の行方は杳として知れなかった。

 分駐地では飲みかけの酒瓶や食べかけの缶詰がそのままになっており、焚かれていた火は自然に燃え尽き、人為の痕跡はほとんど何も見当たらなかった。

 果たして兵士たちはどこへ行ったのか。

 僅かに天幕に残された血痕が発見され、何事かの事件の発生を思わせ、最後には同盟諸国による拉致まで疑われたが証拠が出ず、逆に本件を明らかにすることによって同盟他国から兵士たちの行状について追及を受けることを嫌った上層部は、本件を「なかったこと」にした。

 即ち、そのような部隊はそもそも派遣もされていなかったし、駐屯もしていなかった。兵士たちは歴史の闇に葬られ、家族には任務中の事故による死亡とだけ伝えられた。

 本事件が再び脚光を浴びるのは、ルーシー連邦崩壊後、統一暦二〇〇〇年代に入り、各種機密が公開された後のことである。

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