第18話 ヴィーシャ、錦を飾る

 鹿二頭を持ち帰ったヴィーシャに、町はちょっとしたお祭り騷ぎになった。

「ああヴィーシャ、素敵よ!」

「さあすぐに解体して、すぐ食べる分と燻製にする分とに分けないと!」

「今日の晩ご飯は鹿肉よ」

 手押し車の上に積まれた鹿が町民たちの手で共同炊事場に運ばれていくのを見送り、ヴィーシャは井戸で戦塵の汚れを落とす。水温は、そろそろ水浴びが厳しくなってきていた。

 気持ちを切り替えて町役場に向かえば、臨時職員の少女たちが懸命に穴を掘っているところだった。やはりヴィーシャがいないと作業の進度はそれほど早くはならない様子。仕方がないが、士気が悪くないのが救いか。

「みんなー! 鹿獲ってきたよ! 今夜は特配だよ!」

「やったー!」

「肉だー‼」

 中で作業中の班も外で休憩中の班も、躍り上がって喜ぶこと。作業に一層力が入る。

 その様子に満足気に頷くと、ヴィーシャは完成している一号シェルターがどう変わったか視察してみた。

 外はそれほど変わっていないが、中を覗くと、早くもカーテンやら椅子やら机やらが持ち込まれていて、女の子たちの生活空間への渇望が見て取れる。

 しかし外見となると屋根板がむき出しで、高さが低いこともあってあたかも家畜小屋の様相。

「うーん……なんかこう……」

 ヴィーシャは首をかしげて違和感の正体を探り当てると、スコップを取り出して、屋根板の上に薄く土を盛った。そして手近なところから草を引っこ抜いてきて屋根の上に植える。

「ああ、これで落ち着いた」

 やはり迷彩がないとね。

 もはや町にはヴィーシャの奇行にいちいち反応する人間は存在しなくなっていた。


 夕食会の席でヴィーシャは下にも置かぬ待遇となり、町長臨時代理氏の相手を延々と務めるという名誉ある仕事を割り当てられた。

「セレブリャコーフ中尉ならきっとやってくれると信じていました」

「はあ……」

「これも神のご加護に相違ありません。今日の糧に感謝して共に祈りを捧げましょう」

「ええっと」

 いつもの芋に加えて鹿肉が入った豪華なスープが配膳され、ストーブの置かれた天幕の下、町の住人が揃って食前の祈りを捧げる前に、本日の英雄であるヴィーシャは挨拶を求められた。

 見渡せば、久しぶりに齎された明るい話題に、皆考えたくないことを放り捨ててはしゃいでいる。子供たちは今にも匙を取ってスープに突撃しそうだ。

 ヴィーシャは敢えて笑顏を作って、切り出した。

「今日は鹿が獲れました。運が良かったというのもありますが、なにより、臨時職員の皆さんがきちんとシェルターづくりに励んでくれたからこそ、安心して猟に出かけられたことが大きいと思っています」

 ザ・牽強付会。

「町の権限で、臨時職員の皆さんに特配を支給したいと思います」

 具体的には、肉の増量を指示。

 少女たちの喜びの声に、おばさんたちも苦笑気味ながら指示に従ってくれた。

「今後も狩りに励むつもりですが、今後も獲物は町に預けて、町への貢献に応じて配分する予定です」

 狩猟権は町から発行されているので、ヴィーシャが自分の取り分を含めて町に献上してしまうのは、別に違法でもなんでもない。

「……セレブリャコーフ中尉?」

 何も聞かされていない町長臨時代理が、何を言い出すのかと困惑しきりなのをすっぱり無視する。彼に任せておいては、駄目なのだ。

 町の臨時職員を掌握したヴィーシャは、手段を選ぶつもりはなかった。

「これからは、シェルター作りに協力してくれた方々に優先して肉を配給したいと思います」

 ここ数日の肉体労働が報われた形になる臨時職員たちが沸き返る。

 〝冷たい方程式〟で最優先に守られなければならないのは、彼女たちなのだ。もちろん、町の住民が協力してくれればくれるほど、方程式の制約は緩くなり、より多くの人を助けられることだろう。

「それでは町長臨時代理、お祈りをお願いします」

「あ、ああ……」

 主導権を失った町長臨時代理氏の祈りがどこへ届いたかは定かではない。


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