第17話 肉を呼ぶヴィーシャ

 苦労して狩猟小屋まで運び込んだ狼を数えてみたら、一一匹もいた。

「あー、もう、疲れた~」

 戦闘より運搬のほうが余程大変だった。何しろ森の中は手押し車が通れないため、結局担いで何往復もする羽目になった。本当は皮剝ぎをした方が良いのは分かっていたけど、これだけの数を一人でやる気力はもうなかった。

 明日一度町に戻って町長さんに預けてしまおう。

 それでものろのろと疲れた体に鞭を打って、小屋から薪を持ち出して火をくべる。

 結局、肉になる獲物はまだ一度も獲れていない。だが、これだけ狼を駆除したのだ。鹿や猪もきっと気が弛んで狩り易くなるに違いない。

 本番は明日からだ。

 塩スープを温め、乾パンと干し豆を囓る。秘蔵の増加食を臨時職員たちに配布した関係で、ヴィーシャの懐も寂しい。

「早く肉を手に入れないと」

 焚き火を見据えながら誓いを新たにしていると、がさがさと茂みが搖れる。すっとシャベルを引き寄せ腰を上げるヴィーシャの前に、一匹の狼が恐る恐る、といった様相で姿を見せる。

「生き残り?」

 狼は咥えてきたものをぽとりと置くと、数歩下がって地面に伏せた。

 シャベルを油断なく構えながらその茶色の塊を見れば、どうやら兎のようだった。

「……?」

 狼はさらに尻尾を振って顎を地面にこすり付ける。

「食べていいの?」

「わふわふ」

 どうやら全面降伏の意思表示らしい。

「うーん。兎一匹か」

 ヴィーシャの夕食にするには充分だが、町に持ち帰るには少々足りない。どうしようかと少し悩んで、すぐにヴィーシャは決断した。これは、私に贈られたものだから、私が食べて構わないだろう。

 シャベルを置いて狩猟ナイフを抜き、解体にかかることにした。今夜は兎鍋だ、と弾む心で皮を剝いでいると、ふと狼が目に入った。

 散々倒した狼たちと異なり、毛並みも悪いし、あばらも浮いている。

「……もしかして、はぐれ狼ってやつ?」

 少なくとも、群れの中でも弱い個体だったのだろう。その代わり、相手の強さを察知する知恵はあるようだが。

 本来ならこいつも始末すべきなんだろうが、献物ささげものを持って来られると弱い。

 襲う相手を選ぶくらいの知恵があるなら、もしかしたら共存できるかもしれない。

「よし。じゃあもう人間襲っちゃ駄目だよ」

「わふっ」

「よろしい」

 返事があったのを良いことに、ヴィーシャは兎の片足を外すと、狼に投げてやった。

「食べてよし」

「わふっ。わふっ!」

 幸せそうに脚肉に喰らいつき、茂みに戻っていく狼の姿を見送って、これでこの森の安全は確保されたと思って良いな、とヴィーシャは兎鍋の支度に戻るのだった。


 翌朝早々に狼を山積みにした手押し車を押して一度町に帰り、町のみんなを驚かせたあと、再び狩場に戻ってきたヴィーシャを待っていたのは、昨夜の狼だった。

 ちょこんと座っていた狼は、ヴィーシャを見つけると立ち上がって近寄ってきて、二三度くるくる周囲を回ってからヴィーシャの裾を引いて先導しようとする。

「なになに?」

 導かれるままに森に入り、獣道を進むこと暫し。ヴィーシャは憶えのない狩猟台ハイシートへと連れて来られた。いや、地図には載っていたのだろうが、その中のどれと一致するか分からない。

「ここで待ち伏せすれば良いの?」

「わふ」

 ヴィーシャが狩猟台に登るのを見届けると、狼は素早く茂みに消える。

 なんだか良いように利用されているような気がしなくもないが、ヴィーシャは銃に弾を込める。

 そう長くも待たない間に、森の向こうで「ガウガウ!」と狼の吠声が轟き、突如森が騷ぎ出す。ばさばさと鳥が飛び立ち、枝が搖れ、茂みが爆ぜて鹿が!

 パン、と軽い発砲音と共に鹿が転倒、ぴくぴくと痙攣して果てる。続いてもう一匹、不用意に顏を出した鹿を撃ち殺す。

「凄い、大戦果だ!」

 すぐに狩猟台から飛び降りて、鹿の首にナイフを差し入れて血抜きを始める。気づくと例の狼が傍に戻ってきていた。ちょこん、と行儀よく座って、分け前を待っている。

「……内蔵でいい?」

「バウっ」

 こいつとは仲良くやっていけそうだな。

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