第16話 ヴィーシャと森の王
町長臨時代理の許可の下、鍵を切断して狩猟小屋を開けると、狩猟道具類の他に狩場の地図があった。
手書きの粗っぽい絵図だったが、
「やっぱり兵要地誌は重要だね」
予行演習をしておいて良かった。心の奧底からそう思う。今回はちゃんと手押し車も持ってきているので、獲物を獲らえても運搬は万全だ。
しかし、懸念材料もあった。
「この辺、狼の縄張りじゃない筈なのに」
前回狼に襲われたのは狼の縄張りに入ったせいかと思ったのだが、絵図面での狼の縄張りには入っていない。縄張りが移動したのか、狼が増えたのか。
「先に狼をどうにかしないとおちおち狩りもできないや」
肉は食べられないが、毛皮は冬を越すための貴重な物資になってくれることだろう。
そもそも、彼らと自分たちは同じ
「やるしかない、か」
なぜなら
幸いにも狼は言葉を喋らないので交渉は不要。
「なんか中佐好みの展開になってきたなぁ」
私の趣味じゃないんだけど。
今この場に中佐殿がおられたら、きっと空を飛び回りながら爆裂術式を撒き散らし、ケタケタとあの愛らしい
大隊隨一の常識人を自認するヴィーシャとしては、時折大隊長殿に付いて行けないものを感じつつも、絶対的な信頼を寄せてもいた。
つまり、大隊長殿のやり方を真似れば概ね問題はない。
不幸にも小銃も術弾もなく部隊でもないが、狼の縄張りは分かっている。ヤり方は単純明快、敵陣突貫だ。狼の攻撃が防禦膜を貫通しないのは既に分かっている。
一方的な虐殺になるだろう。
戦場で大声で叫ぶのは新兵だ。恐怖心を抑え込み、勇気を奮い立たせ、敵を怯ませ、己を鼓舞する必要のある者たちだ。
つまり、必要なき吶喊を二〇三は発しない。
「ふッ!」
鋭い呼気だけが森に溶け、魔導刃を纏ったシャベルが空気を一閃。三匹目の狼が鮮血を撒き散らして大地に転がり息絶える。
「グルル……」
「ガァ! ガアッ!」
彼我の戦力差を認識できない畜生に、哀れみを感じないでもない。
彼らの爪も牙もヴィーシャを傷つけることはなく、一方で彼女の振るうシャベルは確実に狼を屠っていく。
掬い上げるような一撃で四匹目の首を胴体から分離させた後に、狼達が不意に包囲の環を広げ、正面を開けた。
「……」
一際大きな体躯の個体が、音もなく茂みから姿を現す。
察するに、群れのボスか。
ちろりと舌で唇を湿し、ヴィーシャは無言で先手を取る。振り下ろされた刃をボス狼はかいくぐり、シャベルの柄に喰らいつく。強力な顎と
勢い余ってシャベルがすっぽ抜け、ボス狼の口が大開きになった所に、すかさずヴィーシャは背中から回した猟銃の銃口を突っ込んだ。
既に初弾は装填済み。親指でぽん、と安全装置を外し、人差し指をちょっと動かす単純作業。それだけで、ボス狼の頭は破裂した。
得物を奪われたヴィーシャに襲いかかろうとしていた狼達が突然の銃声に怯む隙を見逃さず、狩猟ナイフを抜いて手近な一匹に飛びかかるヴィーシャ。
頭を潰したからといって手足を見逃すような教育を、彼女は受けていなかった。
倒せる敵は倒せる時に倒せるだけ倒せ。
二〇三古参隊員が森の支配者となるまでに、一日は充分な長さだった。
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