第15話 扇動者ヴィーシャ
第一号シェルターは翌日の終わりには形になった。
穴を掘って屋根をかけるだけではあったが、やはりそれなりに苦労はあった。地面と屋根の間の壁をどう埋めるか、とか、矢板が適当だったりとか。
しかし、適当でもなんとかなる大きさに抑えてあるので、一冬ならなんとかなるだろうとは思わせる出来だった。
階段代わりの梯子を降りると、意外なほど快適な空間が待っていた。天井は低いけれど頭を打つほどでもなく、むしろランプを下げるのには便利だろう。
「潜水艦の魚雷発射管室よりは過ごし易そう」
あそこは饐えた臭いに油の匂いが混じって、しかもじめじめしていて、本当に息が詰まりそうだった。乗ったのは一度だけだが、一度でもう沢山だと思ったものだ。
それに比べれば。
「詰め込めば、一箇魔導中隊くらいいけるよね」
書類棚を改造して三段ベッドでも用意できれば完璧だろう。
作業を終えて手持ち無沙汰になった少女たちにヴィーシャは向き直り、力一杯抱きしめた。
「あのー、中尉さん」
「よくやったね。がんばったね。素晴らしいよ」
「今日の特配……」
「うんうん」
ヴィーシャが背囊の奧に大切に保管していた板チョコを取り出すと、臨時職員一同の顏がぱっと明るくなる。
「凄い! チョコレートだ!」
「みんなでちゃんと分けて食べてね。それから、大人には
「はーい!」
きゃらきゃらと賑やかに少女たちが梯子を登って外に出て、思い思いに木材に座って僅かなチョコレートの欠片を口に含んで、幸せそうな表情を浮かべるのを、ヴィーシャは「私にもこんな時代あったなー。あれ、あったっけ?」などと思いながらにこにこ眺めていたら、一番年長の少女に問いかけられた。
「中尉さん、これでシェルター作りは終わりですよね。明日からまた役所の仕事に戻るんですか?」
「ん?」
一瞬何を言われたのか理解できなくて、しばし考え込んだ後、ようやく臨時職員として心配していることに思い至ってヴィーシャは安心して、と笑いかけた。
「心配しなくていいよ。書類仕事なんてみんな片付けてあるから、明日からも思う存分穴を掘って大丈夫!」
きっと穴を掘っている間に書類が溜まっているのではないかと気が気ではなかったのだろう。
しかし、初等学校を出たばかりの女の子たちが右往左往しながら片付けられる程度の書類である。軍隊で、大隊事務でその能力を開花させたセレブリャコーフ中尉の敵では全くなかった。
「同じ物をとりあえず、あと二、三基作って欲しいかな」
ヴィーシャの事務能力の高さに声も出ないらしい臨時職員たちを、落ち込ませないように気遣うことも忘れない。
「そうだ。シェルターは職員寮ってことになってるから、みんな好きに使っていいよ。カーテンで区切って自分のお部屋にしても良いし」
もちろん、いざというときには接収するわけだが、それまでの間に生活空間としての内装を整えておいて欲しいもの。
「そっか。三つもあれば」
「私の部屋も……」
家屋損壊からバラック暮らし。プライバシーも何もない生活というのは、たとえ肉親家族であっても精神を疲弊させる。その辺りの感性を軍隊生活で根刮ぎ喪失したはずのヴィーシャですら日々の暮らしにストレスを感じるくらいなのだ。特に多感な少女たちにとっては辛い生活だろう。
上司仕込みの飴の供給法を実践しつつ、ヴィーシャは彼女たちを煽った。
「私は明日からまた狩りに行くけど、獲物は町有財産になるからね」
「任せてください!」
肉もまた、少女たちの好物なのだ。
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