第14話 穴の底のヴィーシャ

 その日、ヴィーシャは始業前に訓示を垂れることにした。

「今日は皆さんに、ちょっと穴掘りをしてもらいます」

 集められた町役場の臨時職員一同は、何事かと顏を見合わせる。

「穴を掘ることはとても大事です。私は軍隊で、その重要性をこれ以上なく学んできました」

 戦場で砲兵は神だったが、塹壕は神に祈りを捧げる礼拝所であり、また生活空間の全てだった。兵士たちは塹壕の中で眠り、起き、食べ、[自主規制]、そして死んでいった。

 シャベルを抱きしめて想いを馳せる。

 ああ、あそこには人生の後半の大部分があった。かけがえのない、上司や同僚や部下との黄金の日々。

 この子たちにも、その黄金の一端を分け与えたい。

 それはきっとこの苦難の時代を生き抜く力となってくれることだろう。

「私が軍隊で学んできた壕の掘り方をマスターすれば、役所の再建なんてすぐですよ」

 場所は町役場の倒壊した半分。瓦礫は撤去され、地面が剝き出しになっている。

 町長臨時代理氏と交渉し、ヴィーシャはここにシェルターを作る許可を取った。名目は、壊れた役場の再建。再建なのに作るのは穴倉であるが、名目が整っていることが重要なのだと彼女の上司も言っていた。

 役場の作業なので、臨時職員の女の子たちを動員できる。体力的には不安があるが……。

「中尉さん、質問です」

「はい、なんでしょう?」

「その……なんで穴なんですか? 普通に建物を建てれば良いんじゃないですか?」

「良い質問です」

 ヴィーシャはにっこり笑って臨時職員諸氏を見渡した。

「家の建て方を知っている人は?」

 当然、手は挙がらない。

「私も知りません。でも、穴の掘り方なら知っています」

 胸に手を当てて力強く言い切る。

「幸い、この方法は新聞にも書かれていて、信頼と実績があります。将来はともかく、とりあえず今はこの方法で仮設建築としたいと思います」

 無理筋を通しているという自覚がある分、ヴィーシャは一層力を込めて断言した。

 そして小さく付け加える。

「作業の後には特配がありますから、みんな頑張りましょう」

「はーい!」

 現金なもので、〝特配〟の一言でやる気ゲージは上がり、少女たちは意気込んで道具を手にするのだった。


 効率よく穴を掘るためには、いくつかの大切な工程がある。

「まずは分業です」

 シャベルや鍬で土を掘る班。紐付きバケツで土を搔き出す班。そして土を運んで棄てる班。穴が深くなると分業をしないと効率よく掘り進めなくなる。むしろ、掘る人間より土を運び出す方により人数が必要になる。

「そしてローテーション。交代での休憩」

 人間、休憩せずに動き続けられる時間には限界がある。さらに女性で幼いとなれば、魔導師でもなければずっと働き続けるのは不可能だ。交代で休息を取ることによって全体としては休まずに作業を進めることができる。

「何より、完成形の把握、つまり設計です」

 今回掘る壕は、最初ということもあってそれ程大きくはない。

 簡単な図面に示された寸法は、東西五メートル、南北二メートル、深さ一メートル。塹壕に比べると浅いのが特徴だ。だが、その分簡単というわけだ。

 測量具がないのでロープを使って地面に直線を引き、直角を出す。

「ではまず私がお手本を見せます」

 愛用のシャベルを掲げ、えいやと地面に突き立てる。まずは角を作ってから溝を堀り、溝を広げるように幅を出してから、縦に掘り下げていく。長年重い建物を支えていたせいだろうか、目の詰まった崩れにくくて良い土だ。

 シャベルを振るっていると徐々に思考が真っ白になり、ただただ一心不乱に穴が掘れるようになる。我知らず魔導刃を発現させ、機械マッスィーンの如き正確さで矩形の穴が形成されていく。

 白に染まった思考の中に、幻の声が聞こえてくる。あの敬愛せざる能わざる、我らが戦闘団長殿の懐かしき𠮟声。

『何だ貴様、その穴は! 破片で頭を吹っ飛ばされたいのか!』

「ノー・マム!」

『ふざけてるのか! 頭の天辺まで隠れるほど深く掘らんか!』

「イエス・マム!」

『死にたくなければ穴を掘れ! その穴が貴様の棺桶だ! 丹精込めて掘り進め!』

「イエス・マム!」

「ちゅ、中尉さん!」

 慌てた声をかけられて我に返った。すっかり自分の首の辺りまで掘り下げてしまった穴の底から見上げると、何か見てはいけないものを見たといった表情の臨時職員たち。

 ヴィーシャは無言でシャベルを置いて、えいやっと穴から外に飛び出し、体の土を払ってから、ごほん、と咳払いした。

「このように、みなさんも立派な穴が掘れるようになります」

「噓だー!」

 綺麗に揃った少女たちの声に叩かれながら、おかしい、どうしてこうなった、と自問自答するばかりだった。

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