第10話 森へ行くヴィーシャ②

 狩場に到着したヴィーシャは、森に入ってすぐのところで狩猟小屋を見つけることに成功したが、鍵がかかったままだった。

 次に来るときまでに鍵を探して、町長さんに使用許可をもらっておこう、と心のメモ帳に記入。特にこだわることなく小屋の付近でシャベル片手に野営の準備を始める。

 焚き火の跡を探し、木々の間にロープを渡し、天幕を張って寝床を用意し、薪集めにかかる。ついでに切り払った枝で天幕を偽装カムフラージュするのも忘れない。

 午後もいい時間なので、本格的な狩りは明日からにして、今日は狩場の偵察に当てることにする。

 猟師さんたちが利用していたと思しき獣道を腰を落としながら進めば、日ごろ溜まった重苦しい物が抜けていくように感じられる。

「ああ、なんか落ち着くなー」

 最近働き詰めだったものなぁ、と羽根を伸ばす。肩にかかる銃の重み、腰にかかるシャベルの重みが心地よい。

 こう、なんと言うか。町での生活は、少し腰が軽くて落ち着かないところがあった。戦争は終わったのだと、何度も言い聞かせてはいるのだが、身に染み付いた習性はなかなか自分を解放してくれない。

「あ、狩猟台ハイシートだ」

 この辺りの狩猟では、水場や餌場を見通せる場所に狩猟台と呼ばれる櫓を建て、猟師はそこに身を潜めてひたすら獲物を待つ、という待ち伏せ猟が主流だと、昔猟師さんから聞いた憶えがあった。

 問題は狩猟台の場所がわからないことだったが、運良く一つ見つけることができた。

 近づいてみると、何年間か分からないが放置されていた割には、ぐらつきもなくしっかりしていて、まだ使えそうだ。

 明日はここに陣取ってみよう。

 恐らく狩場の中には何箇所もこういった櫓が作られているのだろうが、全部を探し回れるほどの熱意はない。

「空から探せれば楽なんだろうけど……」

 首から下げた演算宝珠をちらりと見やる。

 水平線距離の関係で、地表ゼロ高度レベルで魔導反応を抑制しながら使うのと、空を飛ぶのとでは露顕の危険が桁違いだ。この長年の相棒は、書類上は某所で全滅した大隊に所属していた同姓同名の別人さんが持っていたもので、残骸も回収されている。つまり員数外。書類からバレることはないだろうが、魔導反応を撒き散らせばいずれ追手がかかることだろう。

 これから大変なこともあるだろうから、と奧の手として中佐殿から託されたはなむけは、今のところ大変故郷の役に立っている。

 しかし、故郷を救う、という話となると、所詮は個人の力でしかないと思い知らされる。

 あの中佐殿ですら、戦の趨勢は覆せなかった。

(この冬、ひと冬だけで良いから、みんな無事に過ごせたらいい)

 きっと来年には、ライヒ再生の歩みも本格化することだろう。というか、中佐殿がそうなさるに違いない。

 中佐殿の新しい戦いは、ヴィーシャの想像もつかないところで進められているのだ。

 自分は自分で、できることをするのだ。


 野営地に戻ったヴィーシャは、適当に場所を選んで穴を掘り、土を積んで即席の停弾堤をこしらえると、銃の試射にとりかかった。

 この元軍用小銃の放出品は、銃剣基部がなく、腔綫ライフルを削り落とされて一六番口径の散弾銃に改造されていた。機関部はほとんど同じだが、弾倉は予備一発分のみ。

 猟銃としては過不足ないとはいうものの、ヴィーシャは散弾銃の使用経験がそもそもない。射程が短い、というくらいは知っているが。

 持ってきた銃弾は一箱一二発。

 標的代わりの木の板に距離を変えて三発ほど打ち込んだところで、困り顏になった。

「これ、すごく近くじゃないと当たらない……」

 航空魔導師として数百メートルからキロメートル単位の交戦距離を日常としていたヴィーシャからしてみると、十数メートルというのは至近距離というよりは挌闘戦距離という感覚だ。二〇〇ノットで飛ぶ魔導師は百メートルを一秒で翔破するのだから当然とも言える。

 そういえば、とヴィーシャは思い出す。

 合州国が塹壕戦で散弾銃を使って国際法違反だと帝国から抗議を受けたとかなんとか。

「そっか。これ塹壕武器なんだ」

 ヴィーシャは認識を改める。なるほど、狩猟台で待ち伏せして獲物をギリギリまで引きつけて撃つのが正しい訳だ。

 伏撃、伏撃。

 罠なんか、良いかもしれない。

 オラニエで散々やった思い出が蘇る。中佐のご指導を受けて、皆必死に知恵を絞ってカイゼンを繰り返したものだ。

 人間相手にも通用したのだ。きっと野生動物にも通用するに違いない。

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