第9話 森へ行くヴィーシャ①

「ねえ、ヴィーシャ。こんなものが出てきたんだけどね」

 倒壊家屋の整理は佳境を過ぎ、最近では半壊家屋をどうしようか、なんて話も出るようになった午後。あるおばさんが手にした物を見て、ヴィーシャは悲鳴上げそうになった。

「駄目だってそんな持ち方しちゃ!」

 積んだ廃材の陰に身を隠し、必死に呼びかける。

「銃口をこっちに向けないで! あと、引鉄から指を離して!」

「相変わらず変な娘だねぇ」

 おばさんは腰だめにしていた銃から片手を離し、重そうに片手でぶら下げる。

「ゆっくり地面に銃を置いて……そう、横向きで」

「はいはい、これでいいかい?」

 眩暈を感じながらも、ヴィーシャは素早く銃に取り付いて各部を点検する。旧式の軍用銃を改造した放出品の猟銃だ。幸い、幼年学校で教わったことがあるタイプ。槓杆を引いて銃腔を露出させ、弾が込められていないことを確認して一安心する。

「大げさだねぇ」

「大げさじゃありません!」

 銃とは、指先の動き一つで人の命を奪える恐ろしい武器だ。そのくせ、ちょっとした整備不良や汚損で簡単に暴発して自らを傷つけたりする。

 幼年学校でも教官から嫌というほど執銃を叩き込まれたヴィーシャにとっては、鍵のかかる銃器庫に入っていない銃というのは危険物も同然だ。

 機関部を開放した状態で保持しながら、ようやく委細を確かめる余裕ができた。

「これ、どうしたの?」

「あそこの家から出てきたんだよ。ほら、猟師もやってた……」

 農家兼猟師兼肉屋だったおうちだが、旦那さんは出征。奧さんと子供は町に家畜がいなくなったのを期に、縁者を頼って疎開されたそうな。

 その猟師さんの家も漏れなく爆撃の被害に遭ったわけだが、そのままにしておくのも忍びない、と町長臨時代理の判断で取り壊しが行われていた。

 帰って来るつもりがあったのだろう、家財が残されたままだった家からは色々な物が掘り出され、町で保管されることになっている。

「銃も一緒に保管しておくしかないと思います」

 夕食時、町長臨時代理氏や臨時職員たちとの協議の席で、芋スープを食べながらヴィーシャは断固として言い切った。

「本来私有財産ですから、勝手に持ち出すのは違法行為に問われかねません」

 彼女の上官は、法律にはうるさい人だった。その薫陶を受けたヴィーシャも、士官…元士官の矜持にかけて、そう指摘せざるを得ない。

「でもだね、セレブリャコーフ中尉。鉄砲があれば猟ができるじゃないですか」

 町長臨時代理氏が言うと、周囲の臨時職員たちも大いに賛同する。動物性たんぱく質を缶詰に頼り切っているこの町では、生鮮な食料を欲して已まないのだろう。その気持はヴィーシャにも痛いほどわかるが。

「無茶ですよ。誰が猟に出るんですか⁉」

 町長臨時代理氏以下町民の期待の視線を一身に集めつつ、ヴィーシャは敢えて空気を読まずに言い切った。

「自分は軍人です。猟師ではありません!」

「でも鉄砲の扱いは今この町で一番上手じゃありませんか」

 鉄砲が撃てれば猟師になれるのなら、軍隊は良い猟師養成所になることだろう。実際は逆で、良い猟師が優秀な軍人になることはあっても、その逆はあまりない。軍隊は別に狩りをする組織ではないからだ。

 散々ゴネてみたものの、最終的に町長臨時代理氏から頼み込まれる形で折れざるを得なかった。

 二人きりでこっそりと言われた。

『セレブリャコーフ中尉も町の食糧事情はご承知でしょう?』

 冬が近づいて、例年なら漬け物ザワークラウト作りも始まっている頃なのに、未だに冬支度らしい冬支度ができていない。配給で回ってくる食料も充分ではなく、明るく振る舞ってはいても、皆不安なのだ。

『無理は承知の上でお願いします。二、三回試して駄目だったら諦めもつきますから』

 幸い、倒壊家屋の解体も大分進んで終わりが見えてきている。ヴィーシャの解体速度に、分別の方が追い付いていないくらいだ。

 ヴィーシャが大食らいということもあり、このままだと肩身の狭い思いをしかねない、という心配もあるらしい。

「わかりました。その代わり、町長名義で銃を貸与する旨と、狩場での狩猟権を認める文書を出して下さい。それだけは譲れません」

 町から徒歩一、二時間ほどの所にある森は、昔は貴族の持ち物だったそうだが、回り回って町の狩場となり、町から狩猟権を与えられた猟師さんたちが独占的に狩猟を行っていた。キノコ取りくらいならまだしも、本気で銃を持ち出すとなると、形式だけでも整えておかねば後が怖かった。

(私も大分中佐殿に毒されてるなぁ)

 決まってしまえば行動は素早いのが軍人の常だ。

 翌日早々、猟師さんの家の家財の中から整備道具と実包を探し出し、銃を簡単に整備し、背囊の荷物をまとめ、書類が整うのを待って次の日の昼には出発してしまった。

 見送りの町民の期待に溢れた視線を背に受けながら、大きくため息をつく。

「私、人間以外の動物なんて撃ったことないんだけどなぁ」

 できれば成果を上げたいな、なんて思いながら、意外にも心が弾んでいる自分を見つけて不思議にも感じるヴィーシャだった。

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