第8話 ヴィーシャと秘密の匣

 駐在所の片付けは、ヴィーシャ一人でやった。

 一応曲がりなりにも国家機関の出先であり、一般人が触れるべきではない物が出てくるかも知れなかったからだ。とはいえ、ヴィーシャも今は〝元〟軍人であり、一般人と大差ないのではあったが。

 大まかな解体作業を終えた後に、廃材の分類に入る。

 屋根石スレートや壁石は再利用も考えて積み上げる。釘・カスガイ類は再利用するのでシャベルを用いてテコの原理で引き抜く。傷みのない木材は再利用を考えて積む。割れたり裂けたり折れたりした木材は薪へ。

 家財は、とりあえず半壊した戸棚を利用して作った箱に入れていく。

 その辺りの無難な分類が終わった後に、いよいよ面倒そうな品々に移る。

 ゆがんだ書類金庫。幸い鍵がかかっていたので、開けずにそのまま転がしておく。最後の瞬間まで、書類を金庫に詰めていたのだろうか。

 曲がってしまって抜けなくなったサーベル。替えの制服。

 銃砲類はなし。意外に思ったけど、考えてみれば駐在さんが鉄砲を持っているのを見たことがなかった。

 電話機。電話線が千切れていて、動くのかどうかわからない。電話線を支えていた電柱も爆撃で倒壊しているため、繫いでみようにも無事な所まで持っていかねばならないだろう。

「電話線の繫ぎ方かぁ」

 戦闘団が宿営地を定めると、すぐに司令部が設置されて各部隊との間の電話線を工兵隊が素早く引いたものだったが、ヴィーシャ自身が電話線を引いたことは、流石にない。見よう見まねでやってみて、大丈夫なんだろうか。感電とか。

 駐在所の櫓にかかっていた鐘。火事などの際に鳴らされるものだけど、空襲も報せた。なお、櫓は倒壊。

「そういえば、火事起きたらどうするんだろ?」

 彼女の暮らしたでは、火災にはハロゲン系消火剤等を投入するのがセオリーだった。ここでは多分水をかけるのだろうが、井戸から汲んでいたのは非効率ではないか……。これから冬に向かうのに、火の始末は注意事項だろうか。

 そんなことを考えながら残骸漁りを続けること一日。意外と几帳面だったらしい駐在さんの私生活などを覗き見つつ、一つの成果を残して片付けは終わった。

 彼女も見慣れた、四角い箱。一面だけが黒く塗られ、ダイヤルが付いていたりする。端子から伸びるケーブルの先には、ヘッドホン。

「無線機……!」

 凄い、文明の利器だ!

 残念ながらアンテナの方は建物と一緒に壊れてしまっていたが、巻かれた銅線の方は無事の様子。多分、ひし形に形を固定し直せば、なんとかなるのではないか。

 問題は、電鍵やマイクといった入力装置が見当たらなかったことで、もしかして書類金庫にでも入っているのだろうか。

 無線機の箱をひっくり返しもっくり返し、接続端子を探す。しかし、アンテナ線と接地線、ヘッドホン線しか端子がない。そういえば電源線もないようなのだが、蓄電池式なんだろうか。なんて最新鋭な……。

「中尉さーん、そろそろ夕食だよー! なにしてるのー?」

「ん? ちょっと無線機を調査しててね」

「無線機?」

 町役場の臨時職員の子が箱を掲げて底面を確認していたヴィーシャに首を傾げる。

「無線機っていうのはね、遠い所にいる人と話ができる機械なんだよ」

「ふーん……でも、駐在さんはそれ、〝ラジオ〟って言ってたよ」

「え゙?」

 慌てて正面をつぶさに観察すれば「Detektorempfänger」の文字。

 鉱石ラジオ。

「なんだ……ラジオか……」

「もー、中尉さんったら慌て者なんだからー」

 最近、どうも肉体労働では大いに頼りになるが、それ以外ではちょっと頼りない中尉さん、という評価が子供たちの間で定まりつつあるのはどうしてだろうか。今度書類仕事をして彼女たちの評価を取り戻さなければならない。そんな風に感じることがある。

「駐在さん、時々音楽とか聞かせてくれてたんだよ」

 仕事柄、普通のラジオ放送を聞く機会はあまりなかったヴィーシャだが、世の中でラジオ放送が始まっていることくらいは知っている。むしろ、こんな辺鄙な町でラジオ放送を聞いている人がいたことが、ちょっとした驚きだった。

 駐在さんは、ちょっとハイカラなひとだったようだ。

「そうだったんだ。良い人だったよね」

 まだライヒ語が不自由だった頃に、なにかと家族を気遣ってくれていたことを思い出す。

 単に革命が起きたばかりのルーシー連邦からやって来た怪し気なコトバを喋る一家を警戒していたにしろ……。

「また音楽聞けるようになるかな?」

「どうかなー。アンテナが壊れちゃってるから、修理してみてだね」

「そっかー」

 また聞けるようになるといいね、と言いながら、余り期待していない様子なのは、ヴィーシャの評価へのせいか。

(これは絶対に修理して見返してやらないと)

 夕食の席に向かいながらそう決意するヴィーシャだったが、でも、考えてみればラジオだけなら宝珠で聞けるんじゃないか?と思いついてしまい、今日一日の仕事に徒労感を感じずにはいられないのだった。

 明日から、ラジオ聞こう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る