第4話 解体屋ヴィーシャ

 冬も近づく秋空の下、軍装を纏ったヴィーシャは鉄兜ヘルメット飛行眼鏡ゴーグル、口と鼻はスカーフで覆い、手にはメリヤスの手袋、足元は野戦靴という完全装備で今日もシャベルを振るっていた。

 ヴィーシャの故郷の町は今、不思議な活気に満ちていた。

 もの凄い勢いで瓦礫を片付けるヴィーシャを目撃した近隣住民がヴィーシャの家に集まり、帝国軍中尉の御威光によって組織化された。

 これまで各々がめいめい行っていた作業を分担し、食料調達、炊事洗濯、倒壊家屋の整理などを、班を作って行うようになったのだ。

 ヴィーシャは倒壊家屋班の主戦力である。シャベルを振るって柱や梁といった大物を切断し、大まかに分解して敷地一杯に展開する。分類班のおばさま、おじいさま方がこれをゴミと再利用品に分ける。最後にゴミを荷馬車に積んでヴィーシャが町外れのゴミ集積場に運んで捨ててくる。なお、馬匹の類は既に供出されており、体を魔導強化したヴィーシャが荷車をく。

『なんか私だけ重労働してる気がするなぁ』

 その分、報酬として食料を優先的に、かつ豊富に提供されている。魔導を行使するとカロリーを消費することから必要性があって要請したのだが、どうも「セレブリャコーフさんとこのヴィーシャちゃんは軍隊に行って大食らいになって帰って来た」ということになってしまっている様子だ。一度、軍における魔導師の摂取カロリー基準を説明しようとしたのだが、無駄を悟った。

 かくしてヴィーシャはを縦横に振るい、男勝りの怪力で大食らいの女の子、という奇妙なキャラクターが確立しつつあった。

「ヴィーシャ! お昼ごはんよ!」

「はーい!」

 担いでいた適当な大きさに刻んだ屋根材を庭に下ろし、大きく背伸びをしながら町の広場に向かう。家屋の解体が進むに連れて様々な物資が発掘され、広場は大型天幕が張られて青空食堂の様相。調理器具も、数軒からかき集めれば使えるものは一揃い揃うものだ。

 共同井戸で水を汲んで、手と顏を洗ってさっぱりすると、馬鹿になっていた鼻が刺激されて、急にお腹が自己主張を始める。

「ヴィーシャ、こっちよ」

「はぁい」

 長机と椅子が並べられ町民が居並ぶ中、ヴィーシャは上座に座らされる。隣は町長臨時代理のおじいさん。ちなみに町長さんは例によって出征したらしい。町役場の職員も臨時職員だらけで、右往左往するばかりだったことが、ここ暫くでヴィーシャの知るところとなった。

 ヴィーシャが席に付いたのを見て、昼食が配膳され始める。芋のスープ。毎日代わり映えしないメニューだが、今は食べられるだけでありがたい。

 料理が行き渡った所で、町長臨時代理の音頭で皆が手を合わせる。

「天に坐す我らが父よ――」

 町長臨時代理氏は実は牧師さんだったりする。

(食前の祈りなんて、何年ぶりかなぁ)

 この昼食会が始まった時、ヴィーシャはびっくりしてしまった。そんなこと、すっかり忘れていたのだ。

 幼年学校までは祈っていた気がするのだが、ラインではどうだったろうか。余裕があるときは祈っていた気がするのだが。

「アーメン」

「いただきます」

 料理に手を伸ばそうとしたところで、母と叔母の鋭い視線に気づく。

 当初、軍隊時代の習いでお祈りもせずに食事をかっこんだ所、二人から大目玉を喰らったことは記憶に新しい。人一倍の量を一番早く平らげたのだから、それはもう、古いしきたりを大事にする人たちからは色々注意された。

「ああ、やっぱり軍隊なんてロクなところじゃないわ!」

 こんな娘じゃなかったのに、と嘆く母と慰める叔母、というのは結構心にクる。

 それ以来、立ち居振る舞いには結構気をつけている、つもりだ。

 食事時の話題は井戸端会議……なのだが、上座周辺はそうも言っていられない。町長臨時代理と町役場の臨時職員が集められているので、事務的なやり取りが多い。

「中尉さんのお陰で町の片付けがすごく進んでます!」

 頰を赤らめてそう言ってくれるのは嬉しいのだが、相手が初等学校を卒業したての女の子では、まるでおままごとだ。次々と徴用される男性陣の穴を埋めるべく、彼女たちが臨時職員として採用され、そして結局彼女たちしか残らなかったという。なお、男の子は以下略。

 みんな無事に戻って来るといいなぁとヴィーシャは願わずにいられない。

「ただ、そろそろゴミ捨て場が一杯で……」

「中尉さん、やっぱり今日は食料が届かないみたいです」

「新聞が一週間分まとめて届きました。食べられないのに!」

 憤慨する女の子をヴィーシャは諭す。

「でも新聞は大事よ。こういうご時世だから、世の中の動きは把握していなと。私の上官も、情報は大切だっていつも言ってたもの」

 そんなことを言うと、やっぱり中尉さんは凄い!と尊敬されたりする。

(中尉なんて下っ端将校なんだけどな)

 しかし町の歴史でも中尉にまで昇進した者は稀有なんだそうで(町長臨時代理氏・談)、子供ばかりで右往左往していた町役場は今やセレブリャコーフ退役中尉を精神的な柱として再編されつつあった。

 問題は。

 事務仕事はヴィーシャも得意なのに、やらせてもらえないことだ。

 食事が終わり、午後の仕事が始まると、ヴィーシャは多くの笑顏に見送られた。

「中尉さん、午後も頑張ってください!」

 シャベルを担ぎながらヴィーシャは首を傾げるのだ。

「どうしてこうなったのかな?」

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