最終話

 ユミとのセックスは肉体的にも精神的にも素晴らしく満足感に満ち溢れた。和也は余韻にひたっていたし、心地よい疲労もある。そのため、和也はユミを待っている間に、うとうとしてしまった。ふと気づけば、和也の横にユミの姿はない。枕元の時計を見ると、ユミがトイレに行ってから、かれこれ二時間は経っただろうか。日付はとうに切り替わっている。

「ユミ!」和也は呼ぶ。だがユミの返事はない。


 ユミが風呂に入っているか、と思って浴室前の脱衣場に和也は駆け寄った。ユミのパジャマと下着はきれいに畳まれて、置いてある。だが、浴室の電灯は点いていない。ユミは裸なのか。

『まさかユミが浴室で倒れて?』そう和也は考えて、電灯を点け、ガラッと浴室ドアを開ける。だがユミの姿は見えず、浴室を使用した形跡もない。


「ユミ!」

 和也はトイレに急ぐ。鍵は掛かっていなかった。ドアを開いて確認する。トイレにもいない。ユミはどこだ? 和也は焦り、リビングに走る。和也の願い虚しく、リビングにもユミの姿は見当たらなかった。

 ただ、ダイニングテーブルの上には、ラップをかけた朝食と封筒と、折り畳まれた紙片があった。封筒の中身は数枚の千円札と小銭。

 そして紙片はユミからの手紙だった。


 ―◇―◇―◇―◇―◇―◇―

 大好きな和也さんへ


 和也さんと、もっともっとずっと一緒にいたかったけれど、残念ながらタイムリミットみたい。たくさんの約束を守れずにごめんなさい。


 私から和也さんに二つのお願い。

 佐吉は私と同じで寂しがり屋なので、男の子だけど愛情込めて可愛がってね。それから、バランスのいい食事をしっかりって、私の分まで、和也さんは長生きしてね。


 愛している、と一回しか言ってくれなかったのは、ちょっと寂しかったけれど、大丈夫。私は和也さんの愛情を充分感じていたよ。

 私は絶対に和也さんを忘れないからね。私の記憶力を知っているでしょ?

 でも私のことは気にせずに、素敵な奥さんをみつけて幸せにしてあげてね。


 なんで私が霊になったのか分からないけれど、なにかの意味があるかもしれない。

 和也さんとは、残念ながらこれでお別れ。これから、私の意識がどうなるかは分からない。だけど、どこかで和也さんを見守れるといいな。

 和也さんがそばにいてくれたから、私も自分自身に満足できたんだよ。ありがとう。 ユミ♡

 ―◇―◇―◇―◇―◇―◇―


 ユミからの手紙を読み終えて、和也は言葉が出なかった。ユミは和也のことを安心させようと、『大丈夫』と明るく言ったのだろう。そう和也は悟った。

 現れたときのように、ユミがひょこっと戻ってきてくれないか。和也は切実に願った。


「和也さん、愛してる」

 突然、声が聞こえてきた。まさかユミが、と和也は一瞬思ってしまったが、声がユミとはまったく違う。セキセイインコの佐吉が話したのだ。リビングの隅に設置してある、佐吉のケージに和也は歩み寄った。


「お前……話せたのか?」初めて言葉を発した佐吉に和也は思わずたずねる。もちろんインコが返事をするわけがない。


『同じ言葉を、根気よく繰り返し教えると話すみたい……』

 和也はユミの言葉を思い出した。ユミは和也の留守中に、佐吉相手に何度も何度も、和也の代わりに語りかけていたのだろう。

「和也さん、愛してる!」

 ユミの声色を真似た佐吉の脇で、和也はユミの深い愛情に感じ入った。和也は涙が出なくなるまで、泣きつくすしかなかった。

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