第10話

 和也の自宅マンションに二人が着いたのは、既に午後六時過ぎだった。素早くユミは部屋着とエプロン姿に着替える。

「急いで晩ご飯を作らなきゃね」

 ユミはそう言って料理を始めた。ユミが作る夕食はカレーだ。ユミが真っ先に挙げた得意料理だし、和也も大好物だから、既に二人の合意ができている。


「本当はもっと長時間かけた方が美味しいんだけど……」

 ユミは言い訳をするが、大した問題ではないだろう。ユミの包丁さばきはかなり手慣れている様子なので、味もきっと期待できるはず。ユミが料理をしている間に、和也は頼まれていたタブレット端末を準備する。ソファに座って、和也はタブレットを起動した。


 タブレット端末の画像フォルダには、数年前の幸せな――幸せそうにみえる和也と智美のツーショット写真が多数。和也は写真を撮った場所や時期も思い出せる。


 ユミがいなければ、まだ智美に熱をあげていたのかもな。和也は画像を見ながらしみじみと思う。決して和也が智美を嫌いになったのではないし、六年間も付き合っていたので、かなりの情が残っているのは事実だ。心にちくりとした痛みが走ったが、和也は構わず端末をリセットして、智美との思い出を消去した。


 カレーの準備が一段落したのだろう。ニワトリイラストのエプロン姿のユミが、ソファにやってきた。ユミは和也の横にすとんと座る。

「しっかり煮えるまでちょっと休憩ね!」

 ユミはにこにことした朗らかな笑顔だ。


「はい。今朝、話していたタブレット」

 和也はタブレット端末をユミに渡した。

「ありがとう、和也さん。これでいろいろと調べ物ができるなあ」

 ユミはタブレットを手に喜色を浮かべている。

「調べ物?」和也が尋ねた。

「ええと、インターネット百科事典や料理のレシピでしょ。――ほかには、行きたい場所を探したり、小説を読んだりすることも」


 百科事典を真っ先に挙げるところが、博識なユミらしい。ふだんから様々な物事に興味をもって、閲覧していたのだろうか。

「インターネット接続の契約はあるから、自由に使っていいよ」


 ユミは渡されたタブレットを操作しながら、「ほー」とか「ふむふむ」などと呟いている。ユミの様子をうかがうと、化粧をしているので色っぽさが際立っているが、表情に少し疲れが見て取れた。今日は買い物など外出が多かったため、気力をかなり使ったのだろうか。


「ユミちゃん、疲れていない?」

「あ? 分かった? 今日はずっといろいろな場所に、出掛けていたから、ちょっと疲れちゃったのかも。少し……一時間ぐらい、休みたいところだけど……どうしようかな?」

 疲れているなら、寝てればいいのに。ユミが躊躇ためらう素振りなので、

「寝てればいいのに。カレーなら俺がみるよ。なにか問題がある?」和也は尋ねる。


「えっとね。こういう風にメイクをきっちりした状態で、気力が抜けて透けちゃったら、どうなるか心配で……」

 実在している服を着ているユミが透けてしまったときは、服だけ見える透明人間のようだった。顔のメイク部分が透けないとすると――和也が想像したのは、ちょっとしたホラーだった。

「――怖いかもしれない」

「あははははは。でしょ?」


 ユミも恐ろしい光景を懸念していたのだろう。楽しそうに大きな笑い声をあげる。

「化粧を落としてから寝れば?」

「すぐにメイクを落とすのがもったいなくて。和也さんも気に入ってくれたし、私もいいな、って思ってるんだ。でもね、一回落としちゃったら、再現する自信がなくて。ははは」


 なるほど。ユミの言い分に和也も納得する。ユミは化粧に慣れてない、と話していたな。

「じゃあ、寝室のベッドで寝てる? 見に行かないから」

 ならば、と和也は提案した。

「うーん。そうしようかなあ。高級な反物たんものを織る、って訳じゃないけど、絶対覗いちゃダメだからね!」

「分かってるよ」

 ユミはウインクをひとつして、寝室に向かった。

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