第9話
和也の朝食と昼食を買うために、コンビニに二人で行くことになったが、ユミはちょっと待ってて、と着替えを持って寝室に行ってしまった。数分後、カジュアルなファッションに身を包んだユミは、「お待たせ。和也さん、行こうっ!」と明るく笑う。
ユミは、和也が昨日から貸している帽子とサングラスも着用している。色白なユミなので、日焼け防止のためだろうか。だが、これから向かうコンビニエンスストアは、自宅マンション前の通り向かいなので、少々大げさすぎる気もする。
「帽子にサングラス?」和也は尋ねた。
「あ……変装ね。芸能人のお忍び旅行みたいでしょ?」
確かにユミは整った顔立ちなので、芸能人のお忍びに見えなくもないが、和也は変装の理由が気になってしまった。
「変装?」
「うん。知ってる人に会いたくないから」
ユミは大学に入るまで、家族関係にも恵まれず友達にも嫌がらせを受けた、と話していた。なるほど。知り合いに出くわす可能性を心配するほど、ユミの実家は予想以上に近いのかもしれない。触れられたくない嫌な思い出があるなら、確かに知り合いには、会いたくないだろう。和也はそれ以上話題にしなかった。
目的のコンビニエンスストアに入ると、しっかり者のユミは、「和也さんは、ちゃんとバランスよく食べなきゃだめよ」と和也の食事を選んでくれる。とはいっても、全てお仕着せというわけでなく、和也に食べられるかどうか訊ねたり、と心遣いが嬉しい。終始和也に腕を絡ませているユミは、にこにこと機嫌がよく、和也もユミからの愛情を充分に感じて嬉しくなる。
「腕を組むのが好きなの?」
「和也さんに密着できるし、なぜかあまり気力を使わないで済むんだ」
和也に密着できる、というのは甘え好きのユミらしい答えだ。ユミの気力がなくなって、透けてしまうのを防ぐ意味もあったか、と和也は納得する。
一旦自宅へ戻ってサンドイッチなどの軽い朝食を食べた後に、二人で行った買い物でも、ユミは常に和也の腕を取って上機嫌の様子。スーパーでは、ユミは得意料理のカレーの食材と、月曜日の朝食と夕食用の食材をチョイスする。また、ホームセンターでユミは、台所用の洗剤と掃除用品を選んだ。良妻ぶりを示すようなユミの買物に、和也は嬉しくなってしまう。だが和也は、ユミの元カレと親友の名前を思い出せないままで、焦りは
昼食後に、二人はレンタカーを返却しに行った。返却後に寄ったS百貨店では、珍しくユミが目をキラキラさせて、何店舗もまわって化粧品を真剣に吟味している。他の場所での買い物とは、気合の入り方が違うので、ユミもおしゃれに気を使うところなどは、普通の女子大生なんだな、と和也も改めて実感した。
「ユミちゃん、随分熱心に選ぶんだね」
「好きな人に見せるんだから、気合も入るわよ。それにまだお化粧にあまり慣れてないし、コストパフォーマンスも大切」
やはり、ユミは素直なしっかり者で微笑ましい。とある店舗で、ユミが試しに店員さんに化粧をしてもらうと、素材が良いのだろう。びっくりするほど、目鼻だちが印象的な美人になった。
年齢が年齢だけに、素顔には若さがだいぶ残るユミだが、化粧の効果でほのかに大人の色気も漂っている。ユミ本人も自分の変わりように、驚いたようだが、まんざらでもない様子。
「どう? 和也さん?」とユミに問われたら、
「ユミちゃん、最高に綺麗で素敵だよ」と、いった類の返答しか和也はできない。あまりにも、ユミが化粧映えしたので、和也も嬉しくなった。
和也が、「せっかくだから、このまま帰る?」と言うと、
「うん! そうしよう」とユミもすこぶるご機嫌だ。
ユミ用の化粧品を買った後、二人でマンションへ帰る途中に、和也にとって嬉しい発見があった。道端に貼ってあった選挙ポスターに『関口たかし』という人名があり、和也が
『タカシナケイコ』和也の頭の中に、ユミの親友のフルネームが浮かんだ。残念ながら和也は、元カレの名字までは思い出せない。だが、大学と親友のフルネームが分かっている。ならば、探偵社などを頼んで、ユミまでも繋がるかもしれない。和也は、充分な手応えを感じた。
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