第11話

 ユミが寝室に行ったので、一人残された和也はユミについて考える。和也にユミが教えたのは、この近所に実家があること。G県のT大学の一年生で、『タカシ』と付き合い、『タカシナケイコ』と親友だったこと。それに家族運に恵まれず、寂しい思いをしてきて、男性経験がほとんどないということだ。ユミが本名かどうかも分からないし、全て作り話という可能性もゼロじゃない。そのぐらいは、和也も百も承知している。


『カズはお人好しだからすぐ騙される。ははっ』修一しゅういちの茶化すような笑い声が聞こえた気がした。修一は和也の大学時代からの付き合いで、イケメンで人当たりがよく人脈も広い。当時は実に女性にモテた。現在は金融関連の職にいていて、昨年、ふたりで飲みに行ったときに貰った名刺には、カタカナの偉そうな肩書が書いてあった。


『突然ですまない。ある人物を調べたいんだ。信頼できる興信所や探偵社を知らないか?』和也は修一にメッセージを送った。ものの数分でメッセージアプリの通知音が鳴る。修一に相談して良かった、と和也は顔をほころばせる。


『ちょうど良かった。俺も連絡しようと思ってたところだ。興信所とは意外だな。新しい彼女でもできて、結婚のための素行調査をするのか? 中崎なかざきという男に連絡を取ってみろ。俺の名前を出すとサービスがあるかもしれない』修一の返信には、中崎のメールアドレスと携帯電話番号があった。


 親友の『タカシナケイコ』のつながりから、ユミの素性を調べよう、と和也は考えていた。和也はユミが生霊であることを祈っているが、もし悲しくも、ユミが死んでいるのなら、彼女がいなくなってしまった後に、墓前に花を手向けようと。もちろん和也はユミに話すつもりもないし、調査していることをユミには知られてはいけない。


『ははは。新しい彼女はまだだが、助かったぞ。ありがとう。いつもすまないな』

『彼女じゃなかったか。ところで気になることがある』

『気になることって?』

『カズは、今日T百貨店にいなかったか?』

『ああ。買い物に行ったけど?』


 修一に、ユミと化粧品を買いに行ったのを見られていたか。買物の際にユミは、和也にずっとぴったりと寄り添っていたから、修一がぱっと見で、ユミを彼女と勘違いしたのだろう。和也は、修一のユミへの評価が気になった。すごく綺麗な女だ、とでも言ってくるかもしれない。


『おまえ……たちの悪い霊に取りかれてないか? 女性の霊だ』

 修一からのメッセージに、一瞬くらっと目眩めまいがして、和也の心臓がどくんと脈打った。


『たちが悪いだと?』

『若い女の強い念を感じた。怨みを買った覚えはないか?』

 体温が数度上がった気がした。『私、和也さんが大好き』ユミの笑顔を思い出す。携帯電話をタッチする手が震える。


『全くない』普段の三倍ぐらいの時間をかけて、和也は簡単なメッセージを送るのがやっとだった。

『そうか? 霊障などが出るようだったら、早めに除霊しないと生命に関わるかもしれない。心当たりを紹介するぞ。それから、トモはあの男と別れたらしい。寂しがってるようで、離婚しなければ良かった、とか言ってる。カズにやり直すつもりはないのか?』


 智美が男と別れたとか、離婚を後悔している、といった話題は、正直なところ、和也はどうでも良かった。霊障、除霊といったメッセージ内の単語が、日本語の意味をなさない外国の文字のように見えてきた。

『考えておく』和也は深く呼吸をして、素っ気ないメッセージを送信して携帯電話の電源を切る。


 だが、すぐに思い直して、和也は修一に教えてもらった中崎へのメールを打つ。G県T大学一年の『タカシナケイコ』に接触して、ユミの情報調査を依頼するメールを送信して、和也は再び携帯電話の電源を切った。


 ――カチャ。

 リビングのドアが静かに開いた。和也が入口に目をやると、いつになく思いつめた表情のユミが立ち尽くしている。

「ねえ……か・ず・や……さん?」

 和也は、ユミのなにかを思いつめた表情から、修一のメッセージにあった『たちの悪い、強い念、霊障』というフレーズを連想してしまった。

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