第7話

 時計はすでに午前二時三〇分を回った。ふだんなら和也は、翌朝の行動に備えて寝ている時間だが、幸いにも明日は日曜日なので仕事はなくゆっくりできる。多少の夜更かしは問題ないだろう。ユミは、精神的にも肉体的にも、疲れたのだろう。安らかな寝息を立てていて、たまに寝返りをうち、和也に抱きついたりしている。


 パジャマを着せたため、ユミの身体の冷たさを感じないのは、和也にとって都合がいい。和也はユミに対して深い愛情を感じているのだが、彼女と直接触れ合ったときに、どうしても身体が冷たい体温に悪い反応をしてしまう。


 明後日は月曜日だから、通常通りに出勤しなくてはいけない。金曜日はもふもふピーちゃん改め、もふもふ佐吉を動物病院に連れていくために、有給を使ってしまった。和也の有給の残り日数は充分にあるが、週末を挟んで営業日を二日連続で休むと、後の業務が殺人的に忙しくなるのが怖い。ならば、フリーに動けるのは、とりあえず明日一日ということ。


 明日の行動を考える前に、先ほどの行為の際に頭に浮かんだユミの今後に関して。まずユミの言葉を思い出してみよう。記憶力に自信がある、と豪語していたユミならば、一語一句間違えずに思い出せるのだろうが、あいにく和也の記憶力はいたって普通。それでも和也は『何かをやり残している』というユミの言葉を思い出した。


 やはり、ユミのやりたかった事を叶えれば叶えるほど、ユミの成仏イコール消滅に繋がるとしか思えない。ユミに消滅してほしくないのは自分のエゴではないか、と和也は考える。純粋にユミのためを考えれば、和也がユミの未練を叶える手伝いをして、成仏に導いてあげるのが、一番いいのかもしれない。


「成仏……か」

 心の中のつぶやきを、思わず和也は口にしてしまった。『成仏』は、『仏に成る』と書くよな、さらに和也は思考を巡らせる。既に死んで仏になっているユミが、仏に成る? 意味が分からないぞ。


 だが待てよ――ユミは、自分がどのように死んだか記憶がない、と話していたよな。ならば、ユミが死んでいない可能性もあるんじゃないか。幽霊ではなく生霊ということ。自分が死んだ、とユミが思いこんでる可能性はゼロじゃないはず。思いやりがあって、とても性格がいいしっかり者で、しかも美人なユミが死んでいないなら、なんと素晴らしいことだろう。和也は切実に願った。和也に希望が湧いてくる。


 もしユミが死んでいないなら、どうして生霊になっているんだろう。考えられる原因は、不慮の事故や病気といったところだろうか。手がかりがあるとすれば、夕方に行ったユミの母校――G県のT大学だな。学生課でユミについて尋ねても、プライバシー保護の観点から、教えてくれるはずがない。そういえばユミは、親友と元カレの話をしていたぞ。寝る前にユミが語った長い話の内容を和也は思い返す。


 二人のフルネームにもユミは一度触れたはずだが、あいにく和也の記憶からすっぽり抜けている。元カレと親友が自分の存在がなくなったら、付き合っていて幸せそうだった、という事実にユミがショックを受けた。だから、ユミに二人の名前を聞くわけにもいかないし、仮に名前を聞けたとしても、ユミが死んでいる可能性も充分あるから、死の様子を伝えることに何の意味があるだろうか。ユミの記憶力に頼るわけにはいかない。


「うーん」と、和也は唸りながら、ユミとの会話内容を必死に思い出す努力を重ねていた。

「和也さん、大丈夫?」

 寝ていると思っていたユミに声を掛けられて、和也は驚いてユミに尋ねる。

「え? ユミちゃん、どうしたの?」


「どうしたの、は私のセリフ。和也さんが、何かうなされてたみたいだから心配で……」

 ユミは、不安げに和也の顔を覗き込んでいる。

「あ、あれ? 嫌な夢でも見てたのかも」

 咄嗟とっさに和也は誤魔化した。自分を心配してくれているユミの心遣いが、和也の心にちくりと突き刺さる。


「こうすれば和也さんは、私との良い夢が見られるかなあ」

 ユミは和也の頭を自分の胸に密着させた。ユミの柔らかで弾力性のあるバストの感触が和也の頬に当たって心地よい。さらには、甘酸っぱい果実のようなユミの体臭が、和也の鼻腔を刺激する。いつしか、和也は快適な眠りに落ちていった。

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