第2話
欲望に身を任せて、ユミを抱くのは簡単だろう。彼女は居場所を失うことを恐れているし、和也を明確に拒否はしないはず。禁欲生活も一年余りと長く、魅力的なユミを抱きたい気持ちは和也には充分あって、事実和也の下半身は
だが――と和也は考える。
和也が若かったせいもあるけれど、智美とは数えることができない回数のセックスを重ねた。素晴らしいボディラインの智美との夜は、和也も充分
ならば――ものの数十分程度の快楽のために、ユミの感情を無視しないほうがいいだろう。十年前の血気盛んな高校生だったら、何度謝っても強引に事を進めたかもしれないな。和也は苦笑する。だが和也は既に、かなりの性的経験を積んでいるし、続けてきた禁欲期間がまた伸びるだけだ、と決断する。あとは自ら和也を誘ったユミを傷つけなければいい。
和也がユミを抱き締めてあやし
「ユミちゃん。俺は枕が変わるとぐっすり眠れないんだ。だから家に帰ろう」
「え? 和也さん……いいの?」
顔をあげたユミの涙はすでに止まっていて、少し驚いた表情だ。和也の真意を測りかねていたのかもしれない。
「さあ、早く帰ろう」
立ち上がった和也の左腕に、「うん!」と明るい声のユミが絡みついてきた。
◇◇◇
夜も更けてきたので、都心へ向かう車の数が減ってきたのだろう。ハンドルを握る和也の目に映る、高速道路の赤いテールランプはまばらだ。
『ユミちゃん、今日は疲れたでしょ。休んでていいよ』と、和也が予め伝えておいたせいか、ときおりオレンジ色の照明に照らされるユミは、目を軽く
いずれにしても、ユミの安らかな表情を見れば、自分の選択は間違ってなかった、と和也は満足した。ホテルに入ったときの期待が大きく、ユミの反応が期待以上だっただけに、正直なところ残念な気持ちも充分ある。だが仮に、ユミと男女の関係になる運命ならば、いずれその時期が来るだろう。そう和也は達観することにした。
自宅が近づいたため、和也がユミを起こそうとしたら、
「和也さん、運転お疲れさま。そしてありがとう」と、彼女が声を掛けてきた。
「ああ。ここに車を停めて、荷物を一度部屋に持っていこう。俺はその後駐車場に車を置いてくるよ」
自宅マンションの向かいに一時クルマを停める。そして、ユミと二人で、昼の買い物袋を持って、マンションへと向かう。信号は赤。もふもふピーちゃんを拾った交差点だ。
『インコを拾ったらこんなことになるとはな……ふふっ』と、和也が笑いをこぼし掛けたところ、「うふふ」とユミが笑ってる。面白い偶然もあるな、と和也は訊いた。
「ユミちゃん、なに笑ってるの?」
「和也さんって、優しいなあってね」
「そうでもないぞ」
「私、この交差点で和也さんが、お年寄りの荷物を持ってあげてるのを二回、見たことあるよ」
和也は普段から困った人を目にしたとき、自分ができることならば、自然と手伝ってきた。ユミの言うような手助けを、したかもしれないが、はっきりとした記憶は和也にはない。
「うーん。よく覚えてないなあ」
「絶対に和也さん。私、記憶には自信があるんだ。はい青、行こうっ」
ユミが和也の腕を取る。
七階の自室のリビングに二人で入って、和也はユミに伝えた。
「俺は駐車場に車を停めてくるから、ユミちゃんは疲れただろう。ゆっくり……そうだな。お風呂に入ってリラックスしてもいいかもしれない」
「ありがとう。私、待ってる。和也さんはご飯をしっかりと食べてきてね」
ホテルでは思い切り泣いていたユミだが、明るい照明のもとで表情を
「ユミちゃんは、何かほしいものはある?」
「お土産にプリンがほしい!」
昨晩に続いて再度のオーダーだ。プリンが大好きなんだな。和也は、「分かった」と微笑んで自宅を後にした。
◇◇◇
ご飯をしっかりと食べて、とユミに言われたことが頭にあった。そのため和也は、レンタカーを最寄りのコイン式駐車場に停めた後に、夕食を食べに駅近くのファミリーレストランまで足を運んだ。ユミ用にプリンを買って、再び和也が自宅に戻ったのは、一時間以上過ぎた後だった。
ユミの出迎えがあるかな、との和也の期待は裏切られて、リビングはオレンジの常夜灯の照明になっている。
ユミは疲れて寝てしまったのだろうか。和也はユミを起こさないように、静かにリビングに足を進める。オレンジ色の暗い照明でソファのユミの様子を見れば、ブランケットをしっかり掛けて、半ばうつ伏せで寝ているようだ。ただしっかり者のユミらしく、ソファの足元のラグには、昼に買物した洋服がきっちりと畳まれている。
和也の気配にはまったくユミは反応しない。熟睡しているのだろう。和也は足を忍ばせてキッチンに向かい、冷蔵庫にお土産のプリンをしまう。
和也も久し振りにロングドライブをしたので、風呂場でゆっくり疲れをほぐした。照明を消して寝る準備をして、ベッドの布団の中に入り込んで目を
カチャリ。
寝室のドアが細めに開いて、そろりと室内に入ってくる影は、明らかにユミだ。何かあったと、和也はベッドヘッドにある枕元照明のスイッチを点ける。
「よかったあ。和也さん、起きてた。私、眠れなくて……」
ほっとしたようなユミの声が聞こえてきた。
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