第3話

 ベッドの照明は暗いので不明瞭だけど、ユミは昼に買ったピンク色のパジャマを着ているようだ。

「あ、ユミちゃん。俺は起きてたよ。どうしたの?」

 和也は上体を起こす。

「えっとね。和也さんと話をしたかったの。そっちに行っていい?」

「ん? こっち?」との和也の問いには答えず、ユミはあっという間に、和也の寝ている反対側に移動して、しゅっと布団に入り込んできた。だいぶ慣れたが、どう考えても超常現象だ。

「えへへ。ここでーす」

 ユミはおどけながら、上体を起こした和也を押し倒す。仰向けになった和也の右側で、ユミは和也に身体の正面を向けるように、横向きで寝そべっている。

「寝っ転がった体勢で話をするの?」

「うん。和也さんに、抱かれながら話をしたいなって」

「こうかい?」と、和也は右腕をユミの背中に回して抱き寄せる。再びユミの女性の体臭を感じて、和也は悦びを感じる。ユミは和也の胸に自分の右腕を絡ませて、両脚の間に、右脚を割り込ませてきた。


「うん。この体勢がいい。ところで、したい話は二つあります」

 ユミの表情は、和也に思い切り甘えているように見えるが、突然話し方が、プレゼンテーションのようになったのが笑えてしまう。

「はい」

「一つはどうしても伝えたいこと。もう一つは、長くなるかもしれないので、途中で寝ても構いません」

 このノリはなんだろう。

「はい。寝ないようにがんばります」と、和也の返事も、思わずプレゼンの聴衆風になってしまった。


 和也の反応に、ユミもまずいと思ったのか、砕けた口調で語りだす。

「あはは。なにかの発表みたくなっちゃった。そうじゃないんだ。まずね……」

「うん」

「私がホテルで泣いたのは、和也さんのせいじゃないよ。ごめんなさい」

 ぺこりとユミが頭を下げる。

「よかった。別に謝らなくていいよ」

「それにね。和也さんにキスをされたり、触られたりしたのも、すごく嬉しかったの。ありがとう」

「それなら安心した……」と、口にしようとした和也の唇を、ユミの唇がさっとふさぐ。ちゅっ、と表現するのがふさわしい軽いキスだ。


「二つ目が――大学に行ったときに、ショックなことがあったんだ」

「ああ。やっぱり」

 母校だというG県のT大学に行ってから、ユミの様子が変わったのを和也は思い出す。

「うん。もともと私は――」

 ユミが語りだした。


 ユミは幼少期に、父親の後妻となった母親や、連れ子の弟や妹と折り合いが悪く、虐待はなかったものの、家族愛に恵まれなかったという。ユミによれば『他人と変わったところがある』のが原因らしい。父親には、ユミは可愛がられていたようだが、あいにく父親も仕事が忙しく、家庭内には殆ど配慮がなかったらしい。


 小、中、高校を通じても、ユミの周りには仲の良い友達がおらず、一人ぼっちの状態が続いたという。嫌がらせは多少あったが、目立ったいじめがなかったのは、成績優秀だったからだろう、とはユミの推測だ。


 ユミにとって、快適な居場所がなかったため、ユミは自宅から離れたT大学を受験して、今年四月から一人暮らしを始めた。幸いにも大学では、話の合う高階たかしな慶子けいこという親友も得て、ユミは好きな勉学に打ち込んで、充実した学生生活を送り始めたという。


 そんな折、ユミと慶子の前に、二歳上の横山よこやま隆司たかしという男が現れた。隆司に言い寄られても、ユミは勉学に熱中しており、隆司にはそれほど興味が湧かなかったので、慶子との交際を勧めたという。それでも、隆司の熱心な口説き文句と、慶子の後押しにより、ユミは隆司との交際を開始したとのこと。


 ユミと隆司との関係は、それほど深くなかったようだ。ユミによれば、彼とはキスはした記憶があるが、セックスについては激しく求められたものの、許した記憶はないという。ただ隆司の、熱烈な愛情を込めた口説き文句に、根負けして承諾しようか、悩んでいたらしい。


「私がいない方が、全ての物事がうまくいくんだな、って急に寂しくなったから、和也さんに甘えたかったんだ」

 ユミは長い語りを終えて、安心した表情で和也に抱きついてくる。

「ユミちゃん、辛かったね」和也もユミを抱き締め返した。

「和也さん。たくさん話を聞いてくれて、ありがとうね。それでね、もし良かったら――」


 何を言いたいのだろう、とユミに問い返す。

「今も私、すごく寂しくて甘えたくて……」

「ユミちゃん、俺に甘えていいよ」

「恥ずかしいけど言うね。自分で、その……するのはむなしいから……和也さんに可愛がってほしいんだ」

 ユミが恥じらいで身体をくねらせた。顔色が分かるなら、きっと真っ赤に染めているだろう。

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