第13話

 ユミは幽霊だから、物のなのは、和也も充分承知している。はらわなければどうなるか分からない、など無責任そのものじゃないか。和也は心の中で修行僧を罵倒しながらクルマに戻った。ユミは目をつぶっていて、僧には気付いていなかったようだ。和也が車内に入った気配を感じて、ユミはそっと目を開く。


「あ、和也さん。ありがとう」

「はい、お水。寝てた?」和也が尋ねる。

「目をつぶっていただけ。多くの人の前で、姿を現していると、気力をかなり使うみたい」

 そういえば――昨晩も気を抜くと透けてしまう、と言っていたな。確かにユミは、物の怪の類ではある。

「大丈夫?」

「和也さんと一緒なら、全然疲れないよ。安心できるのかも」

 にっこりとユミは微笑んでいる。笑顔に魅了されながら、ユミが幽霊だからどうした。和也は開き直ってレンタカーを急いで発進させる。


「さて、どこか行きたいところある? 疲れたなら家に戻ろう」

「まずはお昼ご飯! ファーストフードのドライブスルーでいいかな」

 ユミの元気そうな返事に安心して、「よし」と和也は頷き、店の前の県道に車を走らせた。

「えっと、次の信号を右。で、信号二つ目の国道を左」

 洋服を買う前にも思ったことだが、ユミは和也の自宅周辺の道に実に詳しい。マンションの購入を機に転居してきた和也は、周囲の地理には疎いのだ。

「ユミちゃんって、やっぱりこの辺りに住んでいたんじゃない?」

「うん。実はね、和也さんのかなり近くに住んでたの。前に和也さんとすれ違ったりしてたかも――でも……いい思い出がないから」

 寂しげにユミが呟いたので、和也はそれ以上話題に触れずに、目的のファーストフード店に向けて車を走らせる。やはり、ユミにはいじめや虐待などの辛いことがあったのだろうか。


 十分少々で店についたので、和也はユミに声をかける。

「何を頼む? お腹が空いたんじゃない?」

「私はバニラシェイクだけでいいよ。和也さんはしっかり食べてね」

 ユミが先ほど昼食を提案したのは、自分が食べたかったわけではなく、和也の事を心配して、昼食を摂らせようとしていたわけだ。そう和也は気付いて、ますますユミに好感を持つ。ユミが幽霊だろうと、物のだろうと、構いはしない。

 ドライブスルーで和也用にハンバーガー二種と飲み物、ユミ用にシェイクを頼んで、待っているときに、ユミが提案した。

「キッチンや水まわり用品がほしかったんだけど……。天気もいいしドライブがてら、私、行きたいところがあるんだ。G県のT市。ダメ?」

 G県T市までは一〇〇キロ前後だろうか。高速も利用できるし、この時間から行っても、充分余裕で日帰り圏内だ。それに明日も日曜日なので、まったく問題ない。ピンポイントでユミが指定してきたのだから、きっと何か彼女がT市と関わりがあるのだろう。ユミの未練の解消にもなるかもしれない、と和也は考えた。

「全然問題ないよ。行ってみよう」

 と和也はカーナビをセットした。


 店員から頼んだ商品を渡されて、ナビゲーションどおりに和也はクルマを北に走らせる。

「今日は天気いいね。本当なら、サンドイッチのお弁当を作って、お出かけしたい気分だなあ」

 ユミが和也に声をかけてきた。若いのに家庭的な物言いが、くすぐったい。派手好きなところのあった智美と、どうしても比べてしまう。

「また今度、出かければいいだろう」

「うん。楽しみ! がんばって練習しなきゃ」

 何を練習するのか、と気になって和也は尋ねる。


「練習って、何の練習?」

「料理の練習! 一人暮らしを始めてから、本格的に作りはじめたので、まだ修行中なのです」

 将来のことを明るく笑うユミの顔をちらっと横目で見て、彼女は生きていないんだよな、と和也は心が張り裂けそうになった。

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