第11話

「よし。じゃあ、買いに行こう。どこに行けばいい?」

 相変わらず助手席のユミは、小さくなっているが、構わず和也はクルマを走らせた。

「この辺りだったら『くまむら』がいいかな。安いし、何でも揃うから。『PU』もいいけど」

『くまむら』も『PU』も、チェーン展開している有名なファッション用品店で、価格帯はリーズナブルだ。おそらくユミが、負担をかけまいとしているのだろう。和也はとても好感を持った。


「じゃあ、まず『くまむら』に行こうか。ええと……」

 和也がカーナビを操作しようとすると、

「私、道は分かるよ。三つ目の信号で左折」と、ユミが道案内をしてくれる。

 普段は電車移動がメインで、買物は会社帰りにターミナル駅周辺で済ませることが多いため、和也は自宅周辺の地理にさほど詳しくはない。

「ユミちゃん、よく知ってるね。もしかして、この辺りに住んでいた?」

「あ。一度通った道は覚えているから。ははは。――この信号ね。左折の後は、五〇〇メートルぐらい直進した二つ目の信号で右折して」

「オッケー」

 ユミのナビゲーションは的確で、三〇分ほどで迷うことなく二人は目的の『くまむら』の駐車場に着いた。


「和也さんも、私の買い物に付き合うのはつまらないだろうし、ダッシュで決めるからね。あと、ご予算はどのくらい?」

 ユミの予算というフレーズに、和也はくすっと笑ってしまった。彼女がどのくらいの買い物をするつもりかも、相場もいまいち分かっていない。

「三万円くらいあれば足りる? オーバーしても構わないけど」和也は答えた。普段から、さほど無駄遣いするわけでなく、クレジットカードもあるので、多少の出費は問題ないだろう。


「和也さん、ありがとうね。よーし。じゃあ、私が横で案内するから、行こう!」

 二人でクルマから降りて、店内に向かおうとすると、ユミの姿が見えなくなった。なるほど、ここから姿を消すのか。和也は心もとない気分になる。

(和也さんの横にちゃんといるよ~)

 だが、ユミの声が聞こえているので、和也も安心して店内に進む。


(ここ右ね)

「ここ?」

(そうそう。それで、右側にある黒いデニム)

「これ?」

(それ! サイズは、うーんと……61)

「61。これか」

(わーい。次はスニーカー売り場ね)

「分かった」

(紺色のそれ。23センチのあるかなあ?)

「あったよ」

(良かった! 次はこっち~)


 腕にひやっとした感覚があり、すっと引っ張られる。きっと、ユミが目的の場所に、和也を先導しているのだ。ユミが生身の人間だったら、きっと楽しいだろうが、相手が見えないので和也の調子も狂うのは確か。

(左側のボーダープルオーバー。サイズはSだよ)

「これ?」

(もう一つ奥の~)

「これかな?」

(それ~!)

「サイズS。よし、これだな」

(それから、反対側にあるカットソー)

「カットソーってこれ?」

(じゃなくて、もっと右~)

 それほどファッションに詳しくはないので、和也が聞き慣れないフレーズに戸惑うこともしばし。


(次はこっちよ~)

「オッケー」

 和也が先導された先は下着コーナーだ。少々気後れしてしまう。


(えっと。右にある、白っぽくてピンクとブルーの花柄が入ってるブラ)

「これかなあ」

(じゃなくて、もうひとつ先の)

「このブラ?」

(それのC70ね)

「えーと70の……これはBだ。あれえ? あった。C70」

(それと同じ柄のショーツ。サイズはあればS。なければMで大丈夫よ)

 ブラを片手に和也が同じ柄のショーツを探す。

「これだな。サイズ、サイズと……Sがあった!」

(やったあ)


 目的のアイテムを見つけ出して、嬉しそうなユミの声が聞こえて、和也も満足する。だがユミの先導に応じて、店内を駆け巡った和也が、ふと我に返った。

「客観的にみて、俺はかなりの不審者じゃない?」

(あははは。確かに、和也さんブツブツ言ってるもんね)

「笑い事じゃないんだが」

(うーん。じゃあ私が、一度買ったものを着るから、もう一回付き合ってくれる?)

「そうしようか。でも、どこで着替える?」

(移動するのも面倒だし、車の中でいいよ)


 和也は商品の会計を済ませたので、ようやくレンタカーの助手席に戻って人心地つく。ユミは後部座席に戦利品を持ち込んで、ほくほく顔だ。

女性おんなものを一人でたくさん買って、俺って不審だったよなあ」

「えー!? でも私も、『くまむら』の駐車場で、全身着替える不審者だよ?」

「あははは。確かに」

「私、これから不審な行動するので、覗いちゃだめだよ?」

「分かってるよ」


 ユミは着替え始めたのだろう。がそがさごそごそ、といった物音の合間に、「よっ!」「おっ?」など、彼女の声も聞こえてくる。下着から何から全ての衣類を買ったので、美少女のユミが裸になって着替えるのだろう。和也は気になってしょうがない。とはいうものの、見ないと言った手前、和也は鉄の意志で運転席から前方を見つめる。

 やがて後部座席でユミが、「よし。ぴったり!」と満足そうな声をあげた。和也は着替えが終わったと思い、さっと振り向いてしまった。まだユミの上半身は、ブラだけの状態。和也の視線に気づいたユミはさっとブランケットで隠す。だが色白でスレンダーな体型に、ほどよいボリュームで主張している、ユミのバストの谷間が和也の目に焼き付いた。

「あっ、ごめん」

「あーっ! 上はまだなのに。ちょ、ちょっと、待っててよー」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る