第10話

 美少女幽霊のユミが部屋に来た激動の一日が終わって、時計が午前一時を回ったころ、和也は翌朝からの行動に備えて眠ることにした。ユミはきっと疲れているだろう、と和也はベッドを使わせようとしたが、頑としてソファで寝るといってユミは聞かない。そのため、ユミに毛布を渡して、和也はいつも通りベッドを使うことにする。ユミとの買い物の期待感と興奮に、和也としては珍しく寝付きが悪かったが、いつしか意識がなくなっていった。


 ――土曜日午前七時三〇分


 カーテンごしに窓の外の明るさを感じて、和也は目を覚ました。平日の通勤の朝と違い気分がいい。うーん、と伸びをして目を開ける。なんと、ユミがベッド脇に膝をついて、微笑んでいるのに気がついた。

「ユミちゃん、おはよう。いつから、そこに?」

「一時間ぐらい前に目が覚めちゃった。ご飯を作ろうかな、って思ったんだけど、ろくな食材がなかったから、起きるまで寝顔を見てたの」

 ユミの行動は、まるで彼氏に対してのそれじゃないか。和也は嬉しくなってしまう。男性慣れしていないだけかもしれないが、ユミの好意は和也にも思いきり伝わってきている。昨晩のやり取りだけで、和也もユミに対して、好感を持ったのは紛れもない事実。和也が好意を伝えるのに、問題があるとすればユミは幽霊だってこと。


 ――現状を受け容れて……か。

 昨晩のユミの言葉を和也は思い出す。なるようにしかならないってことか。そう和也は自分を納得させて、さっそく行動を開始する。顔を洗い素早く身支度をして、まずはクルマの調達だ。自分の朝食は、ファーストフードかなにかを、食べればいいだろう。ユミはどうするか、と思い至って、「ユミちゃんはお腹空いてない?」と和也は尋ねた。

「昨日のプリンで、まだお腹いっぱいだよー」

 幽霊なので、新陳代謝が悪くて余り食べないで済むのだろうか。

「分かった。お腹が空いたら考えよう。これから俺は、クルマを取りに行ってくるよ」

「和也さん、行ってらっしゃい。気をつけてね」


 笑顔のユミを背に自宅を後にする。帰宅を待つ人がいると思えば、和也の足取りも軽い。私鉄で五駅先のレンタカー営業所に向かう。和也は乗用車は持っていないが、仕事上の拠点移動で、運転に慣れているので問題ない。首尾よくレンタカーを借りる手続きを済ませる。

 ユミの待つマンションまでは、二〇分くらいだろうか。和也は、帰宅時間をユミに伝えたいと思ったが、連絡手段が皆無。携帯電話が普及する前の男女のやり取りは、このようにもどかしいものだったのだろうか。ないものねだりをしてもしょうがない。和也は安全運転で自宅へ向かう。


 自宅マンションの道路向かい側にクルマを停めて、さてユミを呼びにいかなければ、と和也は運転席から降りて、ふと七階の自室を見上げた。

「あれ?」

 紺色のパジャマにパーカー姿のユミをバルコニーに認めて、思わず声が出てしまう。彼女は和也に気付くと、手を振っている。和也の帰宅を待ちきれずに、バルコニーで待っていたようだ。かわいいな、と思って、和也が手を振り返そうとしたら、ユミの姿が消えた。

「え?」

 ユミに何かあったか、と心配になり、和也はバルコニーに目を凝らすが、やはりユミの姿はない。慌てて自室に和也が戻ろうとしたところ、予期しない方向からユミの声がする。


「かーずやさん! ここだよー」

「ユミちゃん!」

 和也が今しがた降りたばかりの運転席で、ユミがにこにことした笑顔を見せている。一瞬何が起きたか分からなかったが、どうやら彼女は姿を消して、飛んできたらしい。

「えへへ。靴もなかったからね。和也さんにお願いがあるんだ」

 照れくさそうに、はにかんでいるユミが、和也に頼んだのは――帽子、サングラス、小さめのブランケット。そして、バルコニーの戸締まり。


 どれも自宅にある物なので、和也は七階の自室で用意して、ユミの待つレンタカーにすぐさま戻った。

「ユミちゃん、お待たせ! 全部持ってきたよ」

「ありがとう」

 助手席のユミは、昨晩貸したパジャマにパーカーの姿だったが、キャップとサングラスは小物入れにしまって、さっとブランケットを身体に巻いた。穏やかな陽射しの朝だし、空調を効かせてあるので、さほど寒さは感じないはず。

「あ、寒かった?」怪訝けげんに思い和也は尋ねた。


「寒くはないよ。でも私、パーカーを着ているように見えるはずだけど、実は何も着ていないから、和也さんに見られるのがとっても恥ずかしくって」

 ユミが恥じらいで身体をくねらせている。なるほど。ユミが着ているパーカーなどの洋服は、霊力で見せかけているだけで、実在している服ではない。実質的には全裸ということ。そう気づいて、和也は思わずユミに視線をやってしまう。和也の目に映るのは、パジャマ、パーカー姿にブランケットを羽織ったユミなのだが、一層彼女は照れてしまった様子。


「和也さん、よそ見しないで! 前見て、前!」

 ユミが和也の肩をぐいと押した。

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