第9話
幽霊や怨霊の類だとしても、美少女のお出迎えはやっぱり嬉しい。それに、ユミとはちゃんと意思の疎通もできている。和也の気分は晴れやかだった。
「はい、プリンと下着。これでよかったかな?」
ユミは買ってきたショーツをちらりと見ると、満足そうに微笑む。
「わーい。ありがとう! さっそく履いてくるねっ!」
ユミは無邪気な笑顔を和也に向けると、そそくさと浴室前の洗面所に着替えに行った。
ソファの前のテーブルを見れば、コーヒーが用意してある。なんて気が利くのだろう。
「はーい。お待たせ」
着替えてきたユミが、すとんと和也の横に座る。
「コーヒー、
「うん。ありがとう。落ち着かなかったから……。プリン、いただきますっ!」
離婚して以来、味わえなかった幸せな気分を和也は実感する。プリンを頬張ってご機嫌なユミが、既に死んでいるとは、まったく信じられない。とにかく、彼女のやりたかった事を叶えてあげたい。
いずれにしても、ユミが外出できないのは、なんとかしなくてはいけない。
「外出用の服や靴などが揃えば、一緒に出掛けられるかな?」和也は尋ねる。
「うーん。多分、大丈夫かなあ」
ユミの返事がはっきりしないので、「多分ってなに?」と和也は訊いた。
「だって。私、まだ怨霊歴が短いし、よく分からないんだもん」
ユミが少し口を尖らせている。怨霊歴という言葉に和也は苦笑して、
「怨霊っていうの、誰かに怨みがないならやめない?」と提案する。
「うーん。
周囲とうまくやれない、というとユミに虐待やいじめがあったのだろうか。後妻の母親との関係が良くないような話をしていた。和也は返す言葉が見つからない。
「……」
「でも、いいの。まずは現状を受け容れてから、考えようかなって」
「現状を受け容れるか……。そうか……」
和也は、智美との関係を思い出す。恋人や妻だった智美の印象が強くて、離婚して無関係の人間となったことを、心の底で受け容れられてないのだろうか。和也はしばし考え込んでしまっていた。
「和也さんが、怨霊という言葉が嫌ならやめるね。それで機嫌直して……」
懇願するような表情のユミ。和也が離婚の件を思い出して、深く考えていたのを、不機嫌になっていると感じたのか。
「あ、不機嫌だったわけじゃないよ。でも、怨霊じゃない方がいいね」
慌てて訂正する。
「うんっ! そうする」
ユミがぱっと明るい表情に変わる。家庭環境のせいなのか分からないけれど、他人の表情に敏感だな、と和也は感じた。
「明日は土曜で会社は休みだから、ユミちゃんのいろいろな物を買いに行こうか?」
「ホント? いいの!?」
「別に構わないよ。休みの日には特に何もしていない場合も多いから」
「やったあ! 楽しみだなあ」
ユミは喜びの言葉を、満面の笑みで伝えてくる。それにしても、笑顔が素敵でたまらない。なんで、この子が既に死んでいるんだろう。和也の胸が、締めつけられるように痛んだ。とにかく、ユミの現世での未練を解決してあげたい。
幸いなことに、明日と明後日は土日だから仕事はない。明日はユミの洋服など買って、明後日はユミの記憶にある場所を訪ねてみたらどうか。まるでデートだな。ユミの言葉と同じく、和也も楽しみで心が踊っている。だが、幽霊のユミが他人にどのように見えるか、気になってしまう。
「ねえ、ユミちゃんの姿が、他の人にどう見えるか、分かる?」
「ここに来る前の何日間かで、いろいろ試してみたの……」
ユミによれば、この部屋を訪ねてきたときのように、人の姿になるには気力や精神力の類を必要とするらしい。気力が抜けると白い雲やモヤのように、半透明に見えるのではないか、とのこと。なるほど、と和也も納得できた。だが……。
「実物の服を着ていない状態の話だよね?」
「うん。今みたいに普通に服を着ていると、どうなんだろう? こう?」
ユミが首をかしげたと思ったら、顔が白い塊になり、やがて半透明になった。だがパジャマは、ユミのボディラインを保っている。パジャマの右袖が、持ち上がって左右に揺れている。手を振っているのだろう、と和也は見当をつけた。
「うわっ! まるで透明人間だな」
「あ、やっぱり?」
ユミが照れくさそうに頭をかいている。気力を使って人の姿に戻ったらしい。
「迂闊に気が抜けると、パニックになりそうだな。だけど、今は気力をかなり使っているんじゃない?」
「それがね。和也さんの前だと、簡単にこの状態でいられるんだ。ほとんど疲れないよ」とユミは笑顔で伝えてくる。
「俺の前だと問題なくても、外出するには気力が必要なのか……」
「黒い全身タイツに目出し帽を被るとか?」
「犯人ぽくて余計に怪しいだろ!」
「あはははは」
ユミとの会話が弾んでとても楽しい。ともあれ、明日明後日の移動には、クルマがあったほうがいいだろう。
「明日はクルマで買い物に行こう。レンタカーを予約しておくよ」
「わーい! ドライブドライブ!」
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