第8話

 それに、恥ずかしいなら、ブラをすればいいのに、と和也は思ったが、ずっと着けていたブラを、再度使うのが嫌なのだろうか。

「ああ、もしかして。また着けるのが気持ち悪いとか?」和也は尋ねてみた。


「うーんと。着けてたブラは使えなくなっちゃって……」

 さっぱり分からない。もしかすると、ホックが壊れたとか、そういう類なのかも。ユミは胸の前に手を組んだまま。落ち着かないので、「羽織るものを持ってくるよ」と和也は寝室に急ぐ。


 先ほどユミが風呂に入っている間に、着替えを見つくろっていたので、和也は手頃なパーカーを貸してあげることにした。

 ――そういえば『はじめて男の部屋に入った。はじめて抱き締めた』とか言ってたな。

 和也はユミの言葉を思い出す。男性経験が皆無か、それに近いのだろうか。

 ともあれリビングに戻って、「これを羽織ってれば?」と和也はジップアップ式のパーカーをユミに手渡す。

 ささっとユミはパーカーを羽織って、「これで安心だあ」と、ようやく自然な笑顔になった。


 ところが、ユミが神妙な顔つきをし始めたので、和也は気になって彼女の顔を見る。

「あのね。さっき、ブラは使えなくなったと言ったけど、実は違うの」視線を感じたのか、ユミは切り出した。

「う、うん?」

「私ね、一番新しい記憶で着ていた服を、『実体化』というか、着ているように見せかけることができるみたい」


 ユミの言っている意味が分からなかったので、和也はさらに尋ねる。

「それって、どういうこと?」

「さっきまで、白いワンピを着ていたでしょ? あれが私の記憶の中で、最後に着た服だったの」

「というと?」

「さっきね。お風呂に入ったあとにパジャマを着たからか、白いワンピはもう『実体化』できなくて、着れなくなっちゃったんだ」


 説明されて、ようやく和也も納得する。なるほど。ユミが着ていた白いワンピースは、実在するものでなく、彼女が霊力のようなもので、着ているように見せかけていたのか。

「ああ。それでさっき、ユミちゃんが大声出したの?」

「うん。お気に入りのワンピを着れなくなったのも、ショックだったけど、ブラもだし……」

「なるほど……」

 それでブラが使えないと言っていたのか。和也は合点がてんがいった。ということは、パンツも履いてないということか。反射的にユミの腰のあたりを、ちらっと和也は見てしまう。当然ながら、パジャマのズボンを履いているので、ノーパンだろうが、履いていようが分からない。


「あー。いま、和也さん、えっちい想像したでしょ?」

 チラ見がユミにばれてしまい、和也は咄嗟とっさに取り繕う。

「そ、そんなことないよ?」

「まあ、いいや。ブラと違って分からないしね。だけど、なんだか落ち着かないの」

 と、ユミは困惑顔である。


 そういえば、コンビニエンスストアでも、女性用の下着を取り扱っていたよな、と和也は思い出した。

「コンビニで買ってこようか?」

「ホントは私も一緒に行きたいんだけど、靴がないから、和也さんにおんぶしてもらうか、飛んでいくしかないんだよなあ」

 どちらの姿も想像すると、不審そのものだ。あり得ない。和也は首を横に振る。

「やめておこう。怪しすぎるから俺が行ってくるよ。他に買うものはある?」

「プリンがほしいなあ。あ、ショーツのサイズはSかMで!」

「分かった。すぐに戻ってくるよ」

 幽霊になっても、甘い物の好みは変わらないのかな。くすりと笑いが溢れてしまう。和也は、早足でコンビニエンスストアに向かった。


 店に入ってユミのオーダー通りに下着を探す。これでいいかな、と手にとったショーツのパッケージを見ると、和也も聞いたことがある女性用下着のメーカー製のもの。これなら問題ないだろう。あとはプリンだな、と手早く買い物を済まして和也は自宅へとんぼ返りする。

 これほど、帰宅が嬉しく思えるのはいつ以来だろうか。

「ただいまっ!」

 元気よく玄関ドアを開ける。

「和也さん、お帰りなさいっ! ありがとう。早かったのねー」

 和也の帰宅の気配を感じたのだろう。玄関で、満面の笑みのユミが出迎えてくれた。

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