第2話 アタリ-弍-

 栞は有頂天になっておりました。何せアイスキャンディのクジでアタリを引いたことなど一度もなかったのですから、栞にはもうこの上もない幸せに他ならないのです。

 棒に印されたその文字を見て栞は思いました。突然見知らぬ森の祠で出会った狐ー妄想狐との出会いは正真正銘現実であり、自分はこれからその妄想狐から貰い受けた十の運を上手いこと使っていかなければならない、と。


 とりあえず、夢にまで見たアイスキャンディのアタリに興奮を抑えられなかった栞は、つい言ってしまったおばちゃんへの「もう一本」という一言によって、再びアイスキャンディを食することになりました。

 栞はハズレを引き続けることで、いつしかアタリが出たあとの「もう一本」という言葉にも憧れるようになりました。いつかは自分も言ってみたい、そう思っていたのです。

 しかし、その憧れの一言は所詮栞にとって「言ってみたいだけ」だったので、もう一本得をしてアイスキャンディを食べたいという願望とは違っていました。

 妄想狐との約束を思い出せば、次のアイスキャンディでハズレが出るのは目に見えています。しかし、自分にとって特に問題のない小さなハズレ、つまり次の運を引くのには丁度良いと考え、結局栞はもう一本食べてしまいました。

 勿論現れた文字は「ハズレ」。栞はまた約束が現実であることを再認識しました。


『しーちゃん今度はハズレだったねぇ、残念。』


 駄菓子屋のおばさんは少し悪戯っぽく笑って栞に言いました。しかし栞は最初の一本目でアタリを引いたこと、そのお陰で憧れの一言を言えたこと、それだけで既に十分満足していました。


『でも初めてアタリを引いたわ。ありがとうおばちゃん。』


 ニコやかにそう言うと栞は駄菓子屋を後にしました。


 さて、二度目の運を使い果たし、栞は今度は何でアタリを勝ち取り、どれだけ小さな規模でハズレを選択するかを帰路を行く中考え始めました。


 栞が最も頭を捻らないといけないのは言うまでもなく前者の方です。

 栞も中学二年生、どうせなら何かこれからの人生で成功するようなアタリが引きたいところです。

 身近な将来で言えば高校や大学受験などの進学でしょうか。

 だがしかし、如何せんこればっかりは運というよりも自分自身の努力、つまり勉強への誠意ある態度が重要ではなかろうか。結局勉強しなければ問題は解けないし、運だけで受験に受かろうというのは、些か無理があるような気がしました。


 ここは正に自分の力ではどうにもならないことでアタリを引くに限ると栞は考えたのです。


 となると、栞が真っ先に思いつくのは宝くじでした。このまま買いに行っても別段差し支えありませんでしたが、制服でいつまでもフラフラと出歩くわけにもいきません。


 何分栞も年頃の娘ですから、主に洋服や化粧品などのお洒落に関して物欲が芽生える今日この頃でした。栞の脳内には欲しい物が一斉に、それはもうまざまざと次から次へ浮かんで来るのです。


 それを想像するや否や、栞は小走りに帰宅すると早々に制服を脱ぎ捨て、逸る気持ちを抑えつつも心躍る中立所に財布を持ち出しました。

 それも当然です。アタリが出るという結果は分かりきっていますし、今から自分が払う宝くじ代よりもはるかに多額の金がかえってくる、そしてその金で欲しい物を手に入れられるわけですから、どうして顔がニヤけないでいられるでしょうか。


『 何等が当たるかしらぁ。どうせなら一等がいいわねぇ〜。』


 近場の宝くじ販売所を見つけると、最も早く当選結果の出るくじを窓口で1枚だけ購入しました。

 そして数日も経たない内に、一等とまではいかないものの、組違い賞で20万円という現実的な高金額を当てたのです。




 ーーーそれからというものの栞は、ハズレとして花占いで「好きじゃない」を残したり、わざとおみくじで「凶」を引く。アタリでは雑誌の懸賞で旅行が当選し、ネット応募でファンである歌手のコンサートチケットを手に入れるなどそれはもう自由に妄想狐からの運を使いこなしていきました。

 また、何かと人と張り合いたがる年でもあるので、これをやや大袈裟に自慢話にして多数の友人や知人などに言いふらす。

 羨ましがられて、自分の立ち位置を上げていくような、そんな優越感を味わう。

 栞にとってはこんなことも日常茶飯事になっていきました。


 しかし、幸せの嵐に身を包みながら人生を謳歌するそんなある日、日数を重ねながら少しずつ運を引き続けて、いつしか妄想狐との約束からゆうに一ヶ月ほども過ぎた頃のことです。

 栞はふと考えました。


 ー「自分は今どのくらい運を使っただろう。」


 と。


 大きなアタリを引く分には特に問題ありませんでしたが、どうでもいい小さなハズレを時たまに選択したりしていると、栞は自分が今何でアタリを引き何でハズレを引いたのか、いつの間にか混淆するようになっていたのです。


 それに加えて、たまたま貰った福引なんかでティッシュなんかを貰っていると、


「これはハズレのうちになるのかしら?福引なんて、私だけが特別ティッシュしか貰えないというわけじゃないし...。」


 と思ってみたり、栞の無意識でハズレやアタリ(その規模はよく考えなければそうだと分からない程度)を引いていたことなんかも後から気付いてあったものですから、運の順や回数はさらに曖昧さを極め、益々見当がつかないのでした。


 考えて見たら、何がアタリになって何がハズレになるのかということは、妄想狐からも聞いていませんでしたし、そんなことを栞自身も頭に無くて聞かなかったものですから尚更分かりません。つまり、アタリやハズレがどんな基準でカウントされるのかということが栞には分からなかったのです。


 特にハズレを引くことに関しては、今まで自分がハズレだと思っていたものが実は何でもないただの偶然だったという可能性もあるわけです。


 これはアタリにも同じ事が言えましたが、旅行やコンサートチケット、そして1番初めに買ったアイスキャンディなどは栞にとっては紛れもないアタリ。なんとか自分の引き当てた大きなアタリを基準にして残りの運を数えていきますと、アタリもハズレもおよそあと1つずつくらいではないかと栞は判断しました。


『 さぁて、あんまり自信はないけど、あとは何に使っちゃおうかなぁ...。』


 栞は案外さっぱりした性格で、先延ばしにしてこれ以上運の回数が分からなくなるよりは、いっそ直ぐに残りの運を使い切ってしまおうと思いました。というよりも、これから自分の意志と関係なくまたもや無意識で運を使ってしまう可能性がやはり無きにしも非ずだったので、それを避けるための考えでもありました。


 順序的に考えて次はアタリ、最後はハズレです。十分アタリを味わった栞はもう殆ど満足仕切っており、特に思いつくものもありません。


 季節は夏真っ只中。考えながらも退屈しのぎに外をブラついていた栞は、あまりの暑さに何か冷たいものでも食べようと己の欲求に忠実に従うことにしました。

 そして決めたのです。どうせならキリがよく、またあの駄菓子屋でアイスキャンディでアタリを引いてもう一本得して食べたあと、最後にハズレで締めくくろうと。



『おばちゃーん。こんにちはー。今日も暑いわねぇ。』


 あっという間に駄菓子屋についていつものようにおばさんと挨拶を交わします。


『 あらぁしーちゃんいらっしゃい。ほんと暑いねぇ。』


 おばさんは団扇で自身を扇ぎながら、店内でラジオを聞いていました。

 ラジオからは、数週間前地方で起った殺害事件について警察の動向がニュースのように、しかしそれはもう平凡に流れていました。


『 暑いからアイス買いに来たわぁ。』


 クラーボックスの前に立ち、クジ付きアイスキャンディを手に取ります。駄菓子屋には栞しかいませんでしたが、ここいらの子供たちも考えることは同じなのかいつもよりアイスの個数が少なくっていました。


『さっきどっと買いに来たのよぉ、みんな。』


 おばさんも栞の様子に気付いたのか後ろでそう言いました。


『 だって暑いものねぇ。あたしもこれ、一本もらうわ。(本当はこのあともう一本もらっちゃうけど。)』


『 はぁい、毎度ありぃ。』


 たかだか100円もしないアイスキャンディをその場で食べ終え、


『 あらぁしーちゃんもう一本?また当たったのねぇ。』


 というおばさんの反応に期待して、栞は見もしないで当たり前のように残り棒を差し出しました。しかし、


『 もうしーちゃんたら、これハズレよぉ。』


 予想外にもそんなおばさんの反応が返ってきたのです。


『えっっ!?』


 栞は思わず棒を見て驚きました。


 ーハズレー


 そこには確かにそう印されていたのです。


『しっかりしてよぉ、暑さでやられちゃった?しーちゃん。』


(おかしい。いや、もしかしてただ単にやっぱり運をどこかで数え間違えたかしら?)


 栞は思いました。


『やだあたしったら。ごめんねおばちゃん。また今度買いに来るわね。』


 少し気恥ずかしくなってそう言い、なんとなく拍子抜けしながらも栞は駄菓子屋を後にしました。


『うーん、おかしいわねぇ...。』


 顎に手を当てて栞は考えました。

 やはり、数え間違えたのでしょう。そもそも数え方に自信はなかった訳ですし、こんな結果が出ても仕方ありません。


『ま、いっか。これで多分妄想狐との約束、つまりあたしの妄想は終わったわけだし、いい夢見さしてもらったわぁ。』


 歩きながら呑気にしかし多少残念に思っていると、進む栞の目に「工事中注意」という立て看板が入り込んできました。


『 あら、ここ今工事してるの?』


 見上げてみると、鉄筋で既にここに建つのであろう営造物の骨組みが出来上がりつつありました。クレーンなんかも作動しています。


『こんな所で工事してたなんて全然気づかなかった。』


 看板には「傍を通る時はご注意下さい」という注意書きがあり、工事員の会釈付きのイラストが添えられていました。

 本来こういう場所は安全を考慮して、通るのさえ諦めるところですが、


(暑いから早く帰りたいし、さっと通っちゃえば大丈夫よね。)


 そう思って栞は通ることにしたのです。


 ーガガガガガガッッ

 ードンッ、キンッ、ドンッ、キンッ


 激しい工事音がうるさいく、栞は少し耳を塞ぎながら横を通り過ぎるために駆け出しました。

 その時です。


 ーギィッッッ...


 なんと不吉な音でしょう。

 工事中の轟音、自ら塞いだ耳も多少ありましたが、


『オイッ!!!危ないぞッッ!!!』


 ーキンッッッ!!


 そう頭上から工事員の声が聞こえた時には既に遅く、


『!!!』


 ーガァッシャーンッッッッッッ!!!!!!!!!!!


 ーキィィ-ン.....


 まるで神の逆鱗に触れたかのような衝撃音と地響きが鳴り、栞の上に鉄筋が落ちてきたのです。クレーン車からワイヤーで吊るしていた鉄筋が、切れて落下してしまったようでした。

 そしてそれは不運にも、工事現場を横切っていた栞の頭上に....。

 現場の連中は慌てふためき、急いで救急車を手配しましたが、なんとも惨いことに勿論栞は即死でした。




 ー(なん、で...あた、しがこんな目に...。)



 栞は鉄筋に押しつぶされ、死ぬ間際、いえ死んだ後に心の中そう呻きました。


 何故栞はこんなことになってしまったのでしょう。


 ークククッ



 どこからともなく現れた妄想狐が落下した鉄筋の上から栞を見下ろしています。


 ーお前ェさん、惜しかったねぇ。どうしてこうなっちまったか、おせーてやろぅか?


栞の中に、妄想狐の言葉が流れ込んできます。

そしてあの美しい姿で栞を眺めているのです。


 ー(あぁ、狐が笑っている。出会った時のあの黄金色の目を細めて、私を見ながら笑っている...。)


ぼんやりと無い思考で栞は感じていました。


 ーお前ェさんがさっき駄菓子屋でハズレを引いた時、あれはハズレなんかじゃなかったのサ。




 栞が出ていった数十分後、駄菓子屋ではある一つの出来事が起こっていました。


『ババァッッ!!金目のもん出しやがれ!!!じゃねーとぶっ刺っしまうぞッッ!!』


『ーーッツ!!』


 駄菓子屋のあのラジオで流れていた殺人事件の犯人が、おばさんの元へ押し入っていたのです。


『お、お金ならいくらでも出しますからッッ、こ、殺さないでッッ....!!』


 おばさんはレジにあったお金、それから家にあった金銭類も全て差し出しました。が、

 非道な殺人犯はそれだけでは飽き足らず、結局おばさんを刺して逃走してまったのです。

 ですが騒ぎが大きかったため、近隣の者が直ぐにこれを発見し、おばさんは無事病院へ搬送され、九死に一生を得たのでした。


 ーもし、お前ェさんがあそこでアタリを引いてもう一本食ってたら、どうなっていたかねぇ。


 ー(.....。)


 ーお前さんが引いたのは、ハズレという名のアタリだったんだ。


 ー(.....。)


 ーお前ェさん、運を数え直して残りの見当をつけるところまでは良かったんだがねぇ。最後の最後でヘマしたなぁ。ま、でもこれはこれで呪われた運の持ち主であるお前ェさんらしい最期と言えるかねぇ。クククッ。


 そう妄想狐は白金の滑らかな尾をくねらせ、まるで見世物小屋の見世物でも見るような目でもう一度栞を見下ろしました。


 ークククッッ....


 段々と上空へ幽かに消えてゆく妄想狐の笑い声が怪しく響きます。


 ーリンッ


 渦を巻きながら風が舞って、鈴の音が小さく鳴るともうそこにその美しい妄想狐の姿はなく、後にはただただ無惨に下敷きになった栞の骸が残るばかりでありました。




 妄想狐はこうして悩める者を自らの祠に誘い出し、奇怪な駆け引きをしては今日も暇潰しをするのでした。


 見知らぬ森にはご注意を。

 例え何を見つけても、何と出会っても、

 その神の言葉に騙されませんよう、

 お願いまで。



 ークククッ



 第2話 アタリ-弍-

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妄想狐 月若美禄 @maitreyamoon

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