第4話まさかの
午前中はまあまあ晴れていたのに、午後からは曇天の空。そして、鳥取砂丘に着く前にはぽつぽつ雨が降り出した。鳥取砂丘の一つ手前のバス停の前には、「砂の美術館」の大きな建物があった。鳥取砂丘というバス停でバスを降りると、周りにはたくさんの土産物屋があった。大きな道路を挟んだ向こう側に、垣根が張り巡らされ、階段がある。上にはリフト。悪天候の為か、リフトは動いていない。律子と良平は、階段を上った。
階段を上がりきると、そこは砂丘だった。
「広いですねー!」
良平が思わず声を上げた。天気が良ければラクダがいるそうだが、雨が多少降っているせいか姿が見えない。そして、広い砂丘の向こうには、馬の背と呼ばれる坂、というか山がある。上っている人が何人かいるが、とても小さい。近いように見えて遠いと見える。
「ここが鳥取砂丘か。聞くのと実際見るのとじゃ、ずいぶん違うわね。」
律子も思わずため息をつく。そして、ぐるりと辺りを見渡した時、ふと目に留まった人物がいた。その馬の背の頂上に、こちらを向いて砂の上に腰かけている人がいる。小さくて顔は分からない。しかし、一人でこちらを向いて座っている感じが、周りの雰囲気とは相いれないものを感じた。
律子は馬の背に向かって歩き出した。小雨はぽつぽつと砂の上に後を残すが、傘をさす程ではない。良平も律子の動きに気づき、後についてきた。砂に足を取られながら一歩一歩頂上へ上る。やはり、こちらを向いて座っているのはあの少年だ。彼は2人を見つけ、立ち上がった。靴を脱ぎ、手に持っている。素足の方がここは歩きやすいかもしれない。
あと数メートルで少年にたどり着くというところで、律子は立ち止まった。
「優哉!」
風が強い。大きな声で叫ばないと聞こえない。少年は、にこっと笑った。
「待ってたよ、母さん!」
「え!?どういう事?」
良平は驚いて律子と少年を見比べた。
「私の息子よ。勉強が嫌で逃げ出したのよ、あいつ。」
律子は優哉を見つめたまま良平に説明した。そして、少し小声で、
「裏へ回って。逃げられるわよ。」
と言った。
「え?」
良平はまだ頭が混乱しているようですぐに動かない。
「何のためにあんたを連れてきたと思ってんの?ここで走られたら、きついわよ。挟み撃ちにするわ。」
良平は、いろいろ聞きたいことはあるけれども、それを飲み込み、そっと律子から離れた。律子は優哉の気を引くために話しかける。
「待ってたって、どういう事よ!」
「よくここにいるってわかったね!」
律子は一歩一歩進みながら、優哉と話をし始めた。良平はだいぶ律子から離れてから、馬の背の向こう側へ向かう。頂上の向こう、海側へ一度少し降り、優哉の近くへと進む。
「鳥取の事検索してたでしょ!」
「そっか、スマホ置いてったからか。」
「警察なめんじゃないわよ。」
優哉は、律子があともう少しで頂上へ着くという時に、走り出した。が、良平がそれをすかさず捕まえて、砂の上に倒して両腕を後ろにして抑えた。
「うわ!分かった分かった、もう逃げないよ。放してください!お願い!」
良平はぎゅうぎゅうと上にのしかかるようにしている。
「また逃げる気でしょう。そうは行かないわよ。」
律子は近づいてしゃがんだ。
「佐藤さん、息子さんいたんですか!?結婚してたなんて知りませんでしたよ。」
押さえたまま、良平が聞く。
「結婚はしてないわ。でも息子はいたのよ。」
「確かに同じ佐藤だけど・・・。じゃあ、捜索願を出したのは、佐藤さんなんですか?」
「放して!痛いよ!」
「申し訳ない。公私混同は今回限りにするから。佐伯君、もういいわ、放してあげて。」
良平は優哉の体の上から降りた。優哉は腕をさすりながら胡坐をかいて座った。そして、律子を上目遣いで見た。
「この子の父親は警察官だった。でも、この子が生まれる前に殉職しちゃったの。私が一人で育てたってわけじゃないけど、でも、寂しい思いをさせて来たわね。」
「勉強が嫌で逃げ出したって、さっき言ってましたけど?」
良平が二人を交互に見て言った。
「違うよ。まあ、この間の模試の結果が悪かったのは確かだけどさ。」
優哉はごにょごにょと言った。
「いろいろ、考えたかったんだ。それに母さん、ずっと旅行してないじゃん。仕事であちこち行ってるけど、俺と一緒に旅行とか、記憶にないじゃんか。だからさ、俺は母さんと鳥取に行ってみたかったんだよ。でも、言っても仕事だからって断られるって思って・・・。」
「え・・・?つまり、ここに逃げてくれば、お母さんが探しに来てくれて、一緒に鳥取に来られる、と?」
良平はそう言って、律子を見た。律子は言葉もなく、優哉を見ている。
「でも、じゃあなんでさっき逃げたの?」
良平が言うと、優哉は、
「ただ、何となく。」
と言って頭をかいた。見た目は確かにすっかり大人だが、まだまだ子供だ。お母さんが大好きな少年のまま。きっと甘えたりなくて、このままじゃ大人になれなくて、思い切った事をしたのだろう。良平はそう感じて、
「佐藤さん、俺はこのまま帰ります。佐藤さんは、明日は休暇取ってください。俺が報告しときますよ。」
そう言って砂を払いながら立ち上がった。
「佐伯君、ありがとう。」
律子はまだ複雑は表情のまま、とにかくそう言った。良平は馬の背を降り始めた。少し振り返って二人に向かってにこっとした。そして右手を上げて手を振りながらまた前を向いて歩き出した。
「俺さ、砂の美術館行きたい。あと、仁風閣ってとこ、るろうに剣心の映画の舞台になったところなんだって!そこに明日行きたいな。」
優哉はそうまくし立てた。律子はまだ砂に座ったままの優哉を思わず抱きしめた。こんな事をしたのは何年振りか。すっかり大きくなって、大人っぽくなって、ほとんどすれ違いの生活になってしまっていた。毎日ろくに話もしていなかったかもしれない。行ってきますとかご飯食べたかとか、そんな一言二言しか交わさない毎日で。顔もじっくり見ていなかったかもしれない。
「ごめんね、優哉。」
「何?いや、謝るのは俺だよね。ごめん。家出して。」
そう言って、ちっとも悪びれずに優哉は笑った。
二人は立ち上がり、海を見た。砂丘の向こうは誰もいない、何もない、ただただ海だった。雨は止んでいた。
「よし、砂の美術館行こうか。」
「おう。」
人探し~鳥取編~ 夏目碧央 @Akiko-Katsuura
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