鮮色世界と朦朧の灰色

反比゜例

あざやかな結末


 おはよう、と俺は目を覚ました。

 眼前に広がる景色は痛いほどに鮮烈だった。

 新鮮で、美しく、興味深く、面白かった。

 景色のみならず、全てがとても鮮やかだった。



 まだ体が動かなかったので、漠然と目の前を見つめる。

 白色の天井でさえも色鮮やかなように感じられて、俺は心躍っていた。

 虚空に浮かぶ無数の点を見つめるのがとても楽しかった。



 やがて首が動くようになった。

 俺は首を動かし、周りを見渡した。

 生活観に溢れた部屋。

 なんでもないような日常の景色は、やはり色鮮やかだった。

 見渡して未知感を楽しんでいたのだが、幾度か見ると覚えてしまった。

 すると、景色が今までの鮮やかさが嘘のようにくすんだ灰色へと変貌した。

 虚空に浮かぶ無数の点はもう見えない。

 俺はため息をついた。



 やがて手と足が動くようになった。

 俺はぎこちなく這って、動き回った。

 家の中は色鮮やかだった。

 窓からのぞく外の光景は、世界のほんの一部だけではあったがとてもとても魅力的だった。

 しかしやはり、覚えてしまった。

 家は色を失った。

 俺はため息をついた。


 やがて立てるようになった。

 俺は両脚でしっかりと立ち、新しい視点から世界を見た。

 これまでくすんでいた世界が、色を取り戻したようだった。

 俺はとても楽しかった。


 しかし、やがてそれも色を失っていった。

 俺はため息をついた。



 つかまらずに歩けるようになった。

 外はこの上なく鮮やかだった。

 流石にこれほどカラフルな世界が色を失うわけが無いだろう、と俺は喜んだ。


 色はくすんでいった。

 俺はため息をついた。



 走れるようになった。

 より遠くへと足を運べるようになった。

 世界は広がり、色も増えた。

 だが俺は、心のどこかで諦めかけていた。


 色は消えた。

 俺はため息をついた。



 自転車を使えるようになった。

 さらに世界は広がる。

 そしてその分、色も失われた。

 俺はため息をついた。



 小遣いを貯めて電車を使ってみることにした。

 色は広がった。

 目新しい色もあった。


 やがてそれらも灰色となった。



 車に乗れるようになった。

 ハイスピードで流れ行く灰色からは異なる色を見出すことが出来た。

 よく考えればそれも灰色とそう変わらなかった。



 飛行機で他の国へも行った。

 まったく新しい色を見つけた。素晴らしい出来事だった。

 俺は久方ぶりに歓喜した。

 とてもとても楽しかった。


 その国もやがて灰色に飲まれた。




 今、俺は灰色に立っている。

 灰色の酸素を吸って呼吸をしている。色鮮やかだった頃に比べれば空気はあまりに重苦しく息が詰まるようだ。

 もはや昔の美しい思い出すらも灰色の現実に飲み込まれてしまった。


 今まで色を探して生きてきた。美しい色を。色を見るのは楽しいから。とても興味深いから。生きているという実感が得られるから。


 だが、もはや、世界は既知感きちかんの灰色に覆われてしまった。


 今、俺は馬鹿げたことを考えている。馬鹿げていることではあるが、ひどく魅力的だ。

 その考えが俺の頭の片隅に浮かび上がってから、それはだんだんと勢力を増し、膨れ上がり、色づき始めている。

 その考えは、抵抗するにはあまりに鮮やかだった。




 その感覚は鮮やかで。

 感じたことのない速さも鮮やかで。

 近づく灰色もなかなかに鮮やかで。


 俺は思わず笑みを零した。

 あったではないか。こんな近くに。色が。

 手のひらを見つめる。灰色だった肌がどんどんと色味を増していった。

 手から腕へと。腕から胴体へと。胴体から四肢へと。四肢から周りへと。

 色は拡がり、やがて世界すべてが彩られた。

 久しぶりに見る青色の空。コンクリートでできたジャングルと称されるビル群でさえも今は鮮やかである。


 いつ振りかも分からない鮮色を堪能した俺は、心地よい満足感に襲われていた。



「おやすみ、世界」


 目を閉じて、微笑みながらそうつぶやく。

 瞼の裏さえも色とりどりで、思わず笑ってしまった。


 一瞬だけ感じたは、艶かしいほどに鮮やかだった。

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