Sweet in the Catastrophe

Prologue:Mの独白

 いつか見た映画の中で、『愛は世界を救う』って言葉が出てきたんだ。もしかしたら映画じゃなくて何かの宣伝だったかもしれないけど、どっちでもいいや。美しいキャッチコピーだよね。


…まあ、『愛は世界を救う』だなんて僕は信じてないんだけど。


 そうだ、思い出したよ。映画だ。やっぱり映画だった。映画と言っても本編が始まる前の予告編だったけれど。覚えてるかな、君と初めて一緒に観に行った映画だったんだけど。あの映画、内容自体は割とありきたりだったよね。大事な人か、世界か、天秤にかけましょう、っていう系の。僕が何の気なしに、どっちを選ぶ?って尋ねたら君は考え込んでたっけ。大切な人がいない世界で自分だけが生きてくのは辛すぎて私には耐えられない、でも他の人に同じような思いをしてほしくはない──なんてさ。君らしい葛藤の仕方だと思ったよ。でも、小さく呟いてたよね。『大切な人に「自分を選んで」と言われたら世界を見捨ててしまうかもしれない』って。僕は何も言わなかったけど…実のところ、少しだけ意外だったんだ。君は他人に寛容すぎるからさ。優しすぎる、とも言うね。いつも他人のことばっかり考えて、自分のことは二の次で。僕はいつも自分のことばかりなのにさ。まあ、次に多いのは君のことかなって思うけど。

 あのさ、いい加減言わなくてもわかると思うけど…ああ、でも君はすごく鈍感だから駄目かな。どうして頭も良くて、他人から他人への好意にも敏感なくせに、自分に向けられる感情にはとことん鈍感なんだろうね。まあいいよ。それも含めて君だからね。


それならきちんと言葉にしよう。鈍すぎる君にもはっきりとわかるように。


 君のことが世界で一番大切だ。…陳腐でありきたりな言葉を君に送りたくはないのだけれど、これ以外に言いようがないのだから仕方がない。この言葉を言ったなら、多分君は目を丸くして微笑んでくれると思うけれど、それは「他人に寛容すぎる」君の悪い癖のせいかもしれないと思ってしまうから、正直言って素直には喜べないな。

…でも、そんなことを言ったら君は悲しむかな。もしかしたら怒るかもしれないな。あの少し動揺したような悲しげな顔も、ちょっと拗ねたようなむすっとしたふくれっ面も、まあそりゃあ愛おしいとは思うけれど…。


『相変わらずひねくれてるのね。』


なんて言って呆れたように微笑んでくれたら、最高なんだけどな。


『そんなところも好きだけど。』


…なんて甘い言葉、恥ずかしがりで会話下手な君は言えるわけないと思うけど、もし、もしだよ。もし、君がその白い頬と小さな耳を曼珠沙華の花のように真っ赤に染めてそんなことを言ってくれたら、僕は…どうなってしまうんだろうね。


 まあそんな訳で——どんな訳かは実のところ僕もよくわかってないんだけど——、とにかく、僕は君のことがたまらなく大切みたいなんだ。あぁ、別に君の恋人になりたいってわけじゃないんだよ。ただ、君のそばにいて君を支えることができれば、君の幸せを叶えてあげられたら、それで充分なんだ。本当だよ。君の笑顔を見ていられればそれでいい。君が僕の世界の中心なんだ、なんて馬鹿げたことを言うつもりもないけどさ。

…そうそう、僕はこのごろ思うんだ。


世界を救ったりはしないけれど、愛はきっと、世界を壊すことはできるんじゃないかって。


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Sweet in the Catastrophe @kyanos_iris

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