第8話「ロストしたものたち」執筆担当 倉科然氏

 スピーカーから響くウルスラの声に、数瞬その場に居合わせた全員が目を見合わせた。

 放課後の生徒会室には下校する生徒の笑い声が入ってくる。

 ウルスラが止めてしまった空気の流れのようなものを皆はひどく不気味に感じた。

 私が

 そう言いながら立ち上がったのは、風間だった。

「やっぱり私が伝えなくちゃいけないことが多いと思います」

 目尻をぬぐいながら訥々と言葉を絞り出す。

 ウルスラは、そうですかと言ってそれ以上喋ろうとはしない。

 風間は一呼吸置いてから、

「皆さんは旧屋外プールの幽霊の噂、聞いたことはありましたか?」

 と感情を押し殺した声で聞いた。

「それって警備員のおじさんが言ってた、、、確か水死した生徒がいるとかって」

 中原が答える。

 橘内優子は知っているという風に顎を少し引いた。

「それがこの事件の真相と関係あるの?」

 と三好直江も同様に知っているようだった。

「その噂は5年前のプール事故ことです」

 空気がさらに重苦しくなった。

「その時死んだ生徒は私のクラスメートで……私の最も仲の良かった親友でした」

 堰を切ったかのように風間留衣の口から言葉が溢れ出す

「そしてその生徒は吉野先輩の妹でもあります」

 もう誰も口を挟もうとはしなかった。

「あれは放課後のことでした。私の親友は一人でプールに入ったと聞いています。詳しい事情はわかりませんが彼女がウルスラの監視下に置かれていなかったのが全ての原因です。本来なら放課後に一人でプールなんかに入ろうものならウルスラが学園側に知らせて済んでいた話なのに……その当時ウルスラの『空白の時間』があったことはごく少数の生徒には知られていた、つまり学園側も把握していたことなのです。事件があっても学園は認めずもみ消そうとしました。そして学園の思うままに事件は風化していきました。そして時間が経ちウルスラは『空白の時間』がなくなるようにアップデートされました」

 下校する生徒の声はもうなかった。一呼吸の沈黙の後

「そしてその話、つまりプールの事故を知った田中先輩は……もうお解りの先輩もいるんじゃないですか?」

 それをネタにした噂を流した、か

 と橘内優子はため息のように言葉を吐き出した

「そうです、見事に私の親友であり吉野先輩の妹だった生徒の幽霊を作り上げました」

「それから5年が経ちそんなこと忘れたかのように田中先輩は今度は怪人マルカートの噂を流し始めました。正直吉野先輩と私はこの機を逃せないと思いました。私と吉野先輩は話し合い吉野先輩が身を隠し私がその場所まで田中先輩を誘導し仕打ちを与えようと思いました。ウルスラなら『私の親友の声』くらい真似るのなんて簡単ですし、指向性音声を使えばスピーカーよりリアルな『声』をぶつけられますしね。そして案の定私と吉野先輩が作った目撃情報に釣られて田中先輩は私たちの隠れ場所に誘導されたわけです。しかし私たちの想定外な出来事が起きてしまいます。それは指向性音声を使ったトリックにより田中先輩がショック死してしまったことです、死者を出すつもりなんて本当になかったのです」

 そこにいる全員が真相に唖然とし動けなかった。

「わかったわ、吉野さんが身を隠していた理由もあなたが吉野さんに協力した理由も、ではなぜウルスラまであなたたちに協力したの?」

 中原茜は混乱した頭を整理しながらゆっくり聞いた

「簡単なことです。吉野先輩が学園からウルスラの管理権限を借りたのです」

「まさかプール事故をネタに脅したの?」

 橘内優子が声を強張らせながら言った

 さすが生徒会長ですね、と無表情な顔で風間留衣はさらりと返す

「吉野先輩は過去にウルスラに『空白の時間』が存在し、そのせいで死者が出たことをマスメディアに伝えると学園を脅し簡単に管理権限を入手しました。管理権限は今誰にあるのウルスラ?」

 

 

 「管理権限は吉野レナにあります」


 

 どこまでも無機質な声でウルスラは言った。

 生徒会室へ入る陽がもう空にグラデーションを作り始めていた。

「ではウルスラ、吉野先輩は今どこにいるの?」

 風間留衣の問いに

「GPSロストしています」

 とウルスラが無機質に返す。

 





 中原茜は新聞の一面の見出し『聖陵女子生徒殺害事件』に目を通しながらため息をついた。

 あれから1ヶ月、事件の報道にマスメディアは過熱していた。

 それもそうか、と自室の虚空に言葉を捨てる。

 風間留衣が警察に出頭し事件は5年前に遡り明らかとなったが、いまだに吉野レナの行方はわかっていない。学園は責任の追及に知らぬ存ぜぬで対応し世間の槍玉に上がっている。

 ウルスラは事件の後すぐに学園に削除され警察の復元作業でもちっとも出てこない。

 ベッドに横になって今はもう機能していない個人GPSを眺める。

 私たちはGPS信号で生きているわけでもAIのおかげで生きられているわけでもないのだ。

 吉野レナはきっとGPSのない世界に行った。

 気がつくと窓の外で朝日がグラデーションを作っていた。

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【リレー小説】聖陵女子学園の事件簿〜消えた少女たち〜 深上鴻一:DISCORD文芸部 @fukagami

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