星の約束
今日は何だか朝から騒がしい。
珍しいと思いつつ、寝床からオレは抜け出した。
すっかりオレの居場所はたくさんの箱で山積みだ。
誰からか分からないけれど、どの箱も綺麗な服やアクセサリーが入っていた。
クモ爺が言っていたこれから大変だという事がよく分かった。
青いワンピースはすっかり綺麗になって、壁にかかっている。
とりあえず、今日はどうしようかと適当に箱を開けると、
沢山のフリルが付いた白いドレスが入っていた。
「これにしよ」
誰に言うでもなく呟くとワイヤーが近づいてきた。
「手伝って」
「了承」
こないだの一件からこのワイヤーはオレと一緒に居てくれる。
よく分からないけれど。
オレはドレスを着ようとしたけれど、どうすればいいのか全く分からなかった。
「もう、ヤダこれ」
オレの愚痴を聞くとワイヤーがチャックを外し、ボタンをはずして、
オレが着れるように準備を整えると一言、
「挙手」
オレは手を上に上げると、ワイヤーがドレスを丁寧にオレにかぶせてきた。
その後はやっぱり丁寧にワイヤーがドレスをオレの体に合わせるように
色んな部分を整えてくれた。
「ありがと」
「履行」
ワイヤーは満足げにオレを見ると、壁にオレの姿を映し出した。
「へー、すごいね。真っ白だ」
ドレスは真っ白で手首の先、首回りや裾までフリルがこれでもかと飾っていた。
でも、その白とオレの黒い髪のコントラストはちょっと気に入った。
「でもコレじゃ、走れないよ」
「歩行」
「そりゃそうだけど」
まあいいや、嫌になったら脱いじゃおう。
オレはそう決めると、部屋から箱を崩しながら外へ出た。
通路にも何個か箱が詰んであるのを見て
「コレってそういうもの?」
「不明」
「だよねー」
とりあえず、お腹がすいたのでご飯が欲しい。
「今日のご飯は何だろなー、ニッパー、ペンチ、ドーライバー」
壁から声がした。
「ギー、今日は艦橋に来てください。そこで朝食にします」
「艦橋で?」
オレはびっくりした。今まで艦橋に行くことなんてほとんどなかったからだ。
ワイヤーがオレには分からない音を聞いている。
「承諾」
ワイヤーが通路を進み始めた。
オレはワイヤーと一緒に歩き始めた。
「やっぱ動きずらいね」
「抑制」
ワイヤーのぶっきらぼうな声とそれでも律儀に答えてくれるのが楽しかった。
彼は通路の途中で止まると、壁が開いた。
また随分と小さい空間だ。
多分エレベーターだろうけど、こんな所にあったとは思わなかった。
「昇降」
「はーい」
オレはドレスの裾がはさまれないように小箱みたいなエレベータに入り込んだ。
ワイヤーはオレの脚に巻き付いていた。
ドレスの裾をしわにならないようにしながら。
何の表示も無い無機質極まりない箱の中で、あくび二つ分したところで扉が開いた。
「わ、わ」
オレはエレベーターから出れたのと、飽きていたので本当に助かった。
今度からワイヤーにはもっと大きなエレベータにしてもらうように言わないと。
エレベータ―はオレを下ろすと床の中へ消えていった。
そこは艦橋だった。
計器類や大きな窓、それに何人かの機械族のヒト達。
そして、窓から見えるのはこの船よりもずっと大きな、ガラクタの塊が雲海に浮いていた。
「何アレ?!」
「『水仙月の四日港』です」
「港? アレが?!」
「ええ、今日は港へ停泊し、荷卸と様々な交渉をすることに成ります」
「へー、クモ爺も行くの?」
「今のところは……ですが、少々様子がおかしいですね。とりあえず、ギーは……」
「うん?」
「その格好はギーも降りるのですか?」
何で格好と、港に行くのが関係するんだろう?
「そうなの?」
「後で、船長に確認します。とりあえず、食事にしましょう」
オレは誰が話してくれてるのか最後までよく分からなかったけど、いつもの事だ。
機械族のヒト達はオレを見ていないようで見ているし、どれがヒトなのかも分からない事が多いからだ。でも、皆はみんなだ。
とりあえず、艦橋の隅でご飯を用意してもらった。
「今日は御粥です。好きな具を入れて召し上がれ」
オレの目の前にゴマ油と卵のお粥と、数種類の野菜のおひたし。
鴨と鶏肉の揚げものが並んでいた。
オレはお粥に野菜と揚げ肉を入れてゆっくり味わった。
「おいしー」
「停止していた調理機構が再稼働しているというのは本当のようですね。
コレは今回の交渉で有利なカードになりそうですね」
「コレも港で役に立つの? 機械族のヒト達はお日様だけで動けるんでしょ?」
「機械族と言えども様々なんですよ。ギー」
ソレはどこか悲し気な口調だった。
「ヒトを模した機械族もまだまだ居るんですよ……」
「ふーん」
オレにはよく分からなかった。
ヒトってクモ爺達みたいなクモ族じゃないのかな?
「原型を求めた機械族も居るという事です」
「原型って?」
「ヒトの原型です。……ギーのような」
「ふーん、それって不便じゃないの?」
「ギー、それはそういうモノ達の前で言ってはいけませんよ」
「……怒られる事」
「ええ、とても。とても大変なことに成ります」
「そうなんだ。じゃあ、オレは港にはいかない方がいいね」
「それは船長が決める事です。でも……」
また、何かオレの聞こえない言葉で話し合っていた。
「ギーも居るのか?」
クモ爺の声だった。
「いるよー!! お粥食べてるー。美味しいよー」
「ホ―ホ―、そのまま艦橋に居るんじゃぞ、そこが一番安全じゃからな」
安全? さっきから何か変な感じがしていた。
お粥を食べ終えてご馳走様を伝えると、タイヤの塊みたいなヒトがオレのお皿を
片付けてくれた。
その間もみんな、何かを話しているようだった。
突然、艦橋の間に立体映像が映し出された。
「回線をつないでくれて感謝してるよ」
その映像は腰から半分はオレと似た人型だった。
綺麗な顔、胸の大きい、女性型だった。
腰から下は何かの金属の塊に埋まっていた。
さっき言っていた原型を模したという意味が少しわかった。
どこか、それは不自然な綺麗さだった。
なにがとは言えないけれど、機械族のヒト達とも、クモ族のヒト達とも違う、
なんだか居心地の悪くなる綺麗さ。
自分がそれに似ている事に嫌悪感を覚える気がした。
その張り付けた様な笑顔のまま彼女は続けた。
「少々こっち側でトラブルが起きててね。それで今、そちらの船の停泊を
止めてもらってる」
「積み荷はどうします?」
「それだけはこっちに頂きたい。先払いした分だけでも構わない」
「後の積み荷の支払いは?」
「残念だが、こちらもその支払う分が今回の件で滞りかねない」
「我々『水の踊り』としては、『水仙月の四日港』とは現在契約中です。
理由を求めます」
彼女はため息をつきながら首を振った。それは随分と演技のように見えた。
「……『街食い』」
「アレが出たのか?」
「へえ、船長、直々かい?」
「『街食い』と聞いてはのぉ。ここからはワシが預かるが良いかな、皆?」
少し時間が空いた。
「『水の踊り』の総意は決まった。ここからはワシが直接そちらに向かう。
ギー、居るな」
「いるよー!」
オレは答えるしかなかった。
港にこの女性や、街食い、とか、全然よく分かんないことだらけだけど、
ワイヤーがオレの手首と手のひらに巻き付いて来てくれていた。
それだけで何となく安心できた。
「守護」
ワイヤーが小さく呟いた。
「では、ギーと、あと何名かでそっちに降りる。構わんかね?」
「こちらとしては願ったりだね。ついでに荷の方も頂けると助かるんだけど」
「停泊以外の運搬追加代は、そちらで検討をしよう」
「じゃあ決まりだね。今すぐかい?」
「無論じゃ、時間はアレに味方し続ける…」
オレはよく分からないまま、『水仙月の四日港』へ向かうことになった。
でも、あの女性に会うのはイヤだなあと、何となく思いながら。
風を継ぐモノたち 叫骨(キョウコツ) @kyouko2
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。風を継ぐモノたちの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます