双子の星

ようやく、艦橋を渡り終えて、オレは船の中に入れた。

「やっぱ、やめようかな……」

こっちの廊下はざらざらしていて、裸足だと気持ちが良くない。

それに、機械がむき出しの箇所が多くて、さっきから

ワンピースの裾がひっかからないか、気になって仕方がない。

何でこっちの船はこんなに汚れてるんだろう?

「止まりなさい。それ以上は危険区域です」

その静かな声に飛び上がって、廊下を駆け戻った。

オレは今までこんな言葉を言われた事がなかっただけに、

そのことにも驚いていた。

それと、一人でこっちの船に来たことは無かったことも思いだした。

そういえば、いつも誰かと一緒だったはずだ。

甲板上ならクモ爺がいつものせてくれていたし、

船の中は別のヒトがついていてくれたのだ。

「ねえー!! じゃあ、誰かついてきてよー!」

そう叫ぶと壁面から何本かのワイヤーケーブルが

破片をまき散らしつつ突き出してきた。

「ギー?」

声は違うところから聞こえたけど、ワイヤーはまとまって

奇妙な蛇みたいにオレを見ている。

「うん、オレだよ。ギー。貴方は?」

彼は答える事無く、器用に廊下を進み始めた。

ぼんやり眺めてると、

「置いてく」

また違うところからの声に慌ててオレはワイヤーを追いかけた。

とりあえず、どこかに連れて行ってくれるのだろう。

元の船に戻る艦橋はとっくに通り過ぎていた。

「どこにいくの?」

ワイヤーは答える事も無く、階段をスルスルと昇っていく。

手すりの無い、妙に天井の低い階段で、周りにはよく分からない

ケーブルやコードがどこまでも伸びている。

階段の下は吹き抜けになっていて、底は真っ暗でよく見えなかった。

オレは可視光線を変えようと意識したけれど、

「無駄」

とまたどこからか声が聞こえた。

ワイヤーが喋ってるのは確かなのに、彼はぶっきらぼうだった。

でも、嫌われている様子ではないのは、オレに速度を合わせてくれてる事で

理解できていた。

元々そういうヒトなのだろう。そういうヒトも嫌いではなかった。

階段を昇り終えると、さらに狭い、網のような通路に出た。

「キャットウォーク、点検口」

説明があった以上ここを進めと言う事だ。

現にワイヤーは先に進んでいた。

オレもかがみながら、キャットウォークを進んでいく。

もう、ワンピースは埃だらけで手も足も変な油でベタベタだ。

気持ち悪いし、せっかくの服がこんなになってるのが悲しかった。

「洗え」

そういう事じゃないんだよなー。と思いつつも、彼に言ったところで

もっと悲しい事を言われそうでやめておいた。

これで、この先に何も無かったら、二度とこっちの船にはくるものかと

しっかり覚えておこうと思っていたところ、

「着いた」

その言葉で下を見れば、航空機が5台は並べて置けるぐらいの巨大な空間が

通路の下に広がっていた。

このまま落ちたら、とても救かりそうもないぐらいの高さだ。

そこには、いくつもの遮蔽物や戦車、よく分からない残骸がいくつも転がっていた。

「練習場」

その言葉に下をよく見れば、何人もの機械族のヒト達がそれら遮蔽物や残骸周りに

配置していた。

そのど真ん中の空間だけがぽっかりと空いている。

そこに球体の何かが転がってきた。

もう片方はワイヤーの束だ。まるで波打つ黒い水だ。

「アレが貴方?」

「そう」

「何の練習?」

と、聞いた瞬間にそれは光が先で音が後だった。

閃光、耳をつんざく様な破裂音、何かを叩きつけるような轟音、

鉄の匂い、花火のような焦げた臭い、そういうものすべてが

一斉にオレの所まで上がってきた。

怖いと思うよりも、ソレは早い何かだった。

ワイヤーも球体の二人とも動いてはいない。

けれど、その間で閃光と破裂音を発していた。

オレは自分の目を意識する。

瞬きは出来ない、オレの認識速度よりももっと早い、

全然二人が何をしているのか、分からない。

意識する、彼らの空間を、音と光をもっと知覚する。

自分の知覚速度を300倍にした所で、ようやく彼らの動きが見えてきた。

ワイヤーが伸びる、球体がその先端を何かではじき返している。

ソレが、この閃光と破裂音の正体だ。

それだけではない、ワイヤーの速度で空気がはじけている。

先端は音速を超えている。

また、周りの機械族のヒト達も球体とワイヤーに向かって遮蔽物から

攻撃を加えていた。

弾丸、ボルト、金属片、何らかの薬品、電流まで、

あらゆる攻撃を繰り出しつつ、さらにそのワイヤーと球体からの反撃を受けていた。

「な、なにコレ?」

「練習」

ワイヤーの一本がまた1人を遮蔽物にしていた壁ごと貫いた。

球体にはじき返された銃弾が別の誰かを撃ち抜いた。

それでも、彼ら二人はお互いの場所からピクリとも動いていない。

ワイヤーの動きはギリギリ見えるが、球体の彼が何をしているのかは

全く分からない。何かの金属片を撃ちだしているのか、

それとも周りの何かを撃ち返すことなのか。

「不明」

「そうなの?」

「機密」

「ふーん」

ワイヤーの言葉に答えながら見下ろしていると、

球体の彼がこっちを見ている気がした。

オレは何となく手を振った。小さく。

それでも彼が笑った気がした。

何にもない球体なのに。

「……笑った」

「ね」

ワイヤーもこちらを見ているようなので、

こっちは大きく手を振った。

「危険」

「うん、気を付けた」

気付けば、彼ら二人以外に動けるヒトは居なくなっていた。

それでも、彼らはその場から動かずに音と光をその間につくっていた。

「綺麗だね」

ワイヤーは何も言わなかった。

だんだんその音と光も少なくなっていく。

「練習は終わり?」

ワイヤーは答えない。

と、彼らの音が消えかけた瞬間、

球体が床ごと落ちて行く。

ワイヤーが瞬時に球体をすくい取る。

その下から、とんでもない光がはじけて、オレの耳も目も一瞬にして真っ白になり、

真っ黒になった。


……


風が吹いていた。

埃と火薬、金属の匂いではない、轟々と唸る空の香り。

雲と鉄板の嗅ぎ慣れた香り。


「大丈夫か? ギー」

クモ爺の声がする。

ゆっくり目を開けると目の前には大きな緑の目がオレを映していた。

ホコリまみれで油でベタベタのオレがその目の中に居た。

「うわー、汚い」

慌てて立ち上がろうとしたら、そのまま甲板に倒れ込んだ。

叩きつけられる寸前に、クモ爺の脚がオレを静かに捕まえてくれた。

「ホーホー、まだ酔うておるな」

「酔い?」

「フム、あ奴らの練習場は危ないのだがな。誰について行ったんじゃ」

オレはちょっと考えて、

「怒られる事?」

「そうさのお。あそこは立入禁止のはずじゃ。言われなかったか?」

「言われた」

「そうじゃろう、誰がお主を連れていって、ここに置いていったんじゃ?」

「んー、わかんない」

オレは嘘をついた。ばれてるのは分かってるけど、言いたくはなかった。

「フム、しょうがないのぉ……」

「でも、すごい綺麗だったよ。すごい早いの。あんなヒト達も居るんだね!!」

クモ爺はオレをのぞき込んできた。

その緑の目が少し哀しそう見えたのはなんでだろう。

「当分、あっちの船の中には行ってはいかん。それで仕舞にしておく」

「怒ってる?」

「怒っておる」

「ごめんなさい」

「お主は悪い事をしたわけではないが、謝ることではあるな」

「はい」

「よし、それではさっさとシャワーを浴びて、着替えて来い。夕飯が待っとるぞ」

「はーい」

オレはクモ爺に手を振ると、シャワーを浴びにいつもの場所へ走り出した。

「でも、本当に綺麗だったんだけどな」

そう呟きながら。

「今日のご飯は何かなー。ナップザック、テント、ランターン!」

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