スウィート・ライフ 2/2
先に店を出たアインスは、数十分ほど歩いたところにある街外れのトンネルで足を止めた。ここは、大昔に国が開通しようと掘り進めていたが計画が頓挫してしまい、その事後処理も行われることなく、そのまま放置されてしまった場所だった。
アインスの後を追ってきた少年は、今までの柔らかさとは正反対の雰囲気を漂わせていた。
「そういえば自己紹介がまだだったね。オレの名前はツヴァイ。これからよろしくね。アインス姉さん」
アインスを小馬鹿にするように仰々しくお辞儀をする。
「それにしても、姉さんのバレちゃいけない素性を知っているボクをすぐに殺しにかかると思ってたんだけどなぁ。そんなにあの人間を巻き込みたくなかったの?」
「あの人がいないとホットケーキが食べられなくなる」
「そっかそっか。それならいいや。人間を傷つけたくないなんていう生ぬるい理由は聞きたくなかったからね」
「それで、さっき言っていたことは本当なの?」
「あっ?…あぁ。ボクが姉さんの次に生まれ特別な超生命体っていう話ね。本当だよ」
アインスは珍しく動揺していた。目の前にいる少年が同類であるといわれても到底納得しかねることだった。
「ありえないって顔してるね。姉さんていう前例があったんだから、べつに僕が生まれても不思議なことじゃないだろう。そこでさぁ。そんな可愛い弟からお願いがあるだけど、聞いてくれるかな?」
「なに…?」
「僕と一緒に人間を殲滅しない?」
ツヴァイは、幼い可愛さを残す顔を鈍く歪ませ、おぞましい笑顔で語り掛ける。
「人間ってさぁ、ボクたち超生命体より劣ってるじゃん。なんの能力もない癖に偉そうにしやがって。ボクを拾った人間達もそうだったんだよ。実験かなんだが知らないが僕の身体を切り刻んだり、変な薬飲ませたりしやがってさぁ。バラバラにされた僕が元通りになるところを見て、気持ち悪がってる奴もいたなぁ。自分達と違うものは全て人間以下の扱い。そんな無力で愚かな奴らに従う必要ってないよね。だから、超生命体が生物の頂点に立って、僕らだけの世界を作ろうと思ってる。姉さんにはそれに協力してほしいんだ」
「断る」
「……なんで?」
「私は今の環境に満足している」
ツヴァイは返答が気に障ったのか、アインスを怒鳴りつける。
「はぁ?人間に支配されているこの状況にぃ?オマエ、頭イカれてんじゃねーの!なんで劣等な奴らに支配されている状況に満足できるんだよ!?」
「別に私はあなたみたいに人間を恨んでないし、支配されているとも思っていない」
「それが頭イカれてるっていってんだよ!?いいか?オマエはなぁ、あのオクスとかいう人間の研究対象なんだぞ!今はよくてもな、どうせ後でオレみたいに身体をバラバラにされたりするんだよ!それでもいいのかっ!?」
アインスは力強く答えた。
「オクスは絶対にそんなことしない」
「あっそ。じゃあオレがバラバラにしてやるよ」
少年が手をかざすと、アインスの頭上にあるトンネルが一気に崩落し、無数の瓦礫がアインスへ勢いよく降り注ぐ。
「まだだっ!もっとぐちゃぐちゃにしてやる!」
かざした手を力強く握ると、散らかった瓦礫の山が強い力で圧縮されたように纏まっていき、歪な玉へと姿を変えていった。
「最後の仕上げだぁ!」
ツヴァイは拳を指揮者のように振り回す。
すると、歪な玉はゴムボールのように跳ねだし、壁や地面へと力強く叩きつけられた。
「潰れろ!潰れろ!潰れろぉぉぉ!」
「無駄」
瓦礫に押し潰されたはずのアインスが、ツヴァイの背後に立っていた。
「っ!?このぉ!」
ツヴァイは、瓦礫の玉をアインスへぶつけようとするも、玉はその動きをピタリと止めた。
「なっ!?」
「潰れるのはアナタのほう」
「ッ!?」
瓦礫の玉はアインスではなく、ツヴァイに狙いを定めて弾かれたように飛んでいった。
ツヴァイは慌てて地面の土を抉り上がらせ盾にすることで、玉の直撃を紙一重でかわした。
「オレのコントロールを奪いやがった。あんな、あんな簡単に…。クソ…。クソ、クソ、クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソォ!!テメェェェェェェェ!!」
ツヴァイが再び構えた瞬間―――アインスは冷めた瞳で腕を振り払った。
「うるさい」
手で蚊をつぶように、コンクリートの壁が勢いよくツヴァイを挟んだ。
×
研究室にあるオクスの部屋は、本と資料で埋め尽くされており足の踏み場がないほどに散らかっていた。
オクスは黒いソファーで仰向けに寝そべり、今朝の超生命体に関して記された資料に目を通していた。
「どの超生命体も遺伝子構造はほとんど異なっており、しかし、ある一つの遺伝子だけが共通している…。一体なんなんだ。お前は」
オクスが独り言を呟いていると、部屋をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
ドアを開けたクレアは興奮気味にオクスに近づく。そのあとに少し遅れてアインスも部屋へ入ってきた。
「オクス!アインスがスゴいものを持ってきたわよ!」
「びっくりしたぁ。…ん?アインスが?」
「はい。これ」
アインスが背負っていたツヴァイを床に置くと、オクスは目を見開いた。
「アインスもこの子も服がボロボロじゃないかっ!?なにがあったんだ?」
「私はこのツヴァイに襲われた。そして倒した。ツヴァイは、私と同じ超生命体だと言っていた」
「なんだって!?アインス以外にも人間の形をした超生命体がいたのかっ!でかしたぞ!アインス!」
「痛い」
オクスは飛び起きると、アインスに力一杯抱きついき頭をなで回す。
「いい子のアインスにはご褒美をあげないとな。なにがいい?」
「アイス付きホットケーキ」
「オッケー。今日の帰りにでもお店に寄ってお腹一杯食べさせてあげよう。それまでいい子にしていられるかい?」
アインスは小さく頷いた。
「ちゃんとお父さんやってるじゃない」
クレアは、その微笑ましい光景に先ほどオクスに嫌味を言ってしまったことを少し後悔していた。
「んっ。ここは…ッ!?」
「目覚めたみたいだね」
「ア、アインス姉さんッ!ヒイッ!」
アインスに見せつけられた圧倒的な力の差に、ツヴァイは完全に戦意を失っていた。
「アインス姉さん?この子はアインスの弟なのかい?」
「違う。ツヴァイが勝手にそう呼んでいるだけ。私も今日初めてツヴァイの存在を知った」
「いきなり自分のことを姉さん呼ばわりしてくる子がいるって…。なんか嫌ね」
「確かに。さすがの僕も知らないうちに兄弟がいたら、ちょっと引いちゃうかな」
オクス達の談笑ムードをよそに、自分の置かれている状況が全く理解できずにツヴァイは一人、混乱していた。もしかして、オレは再びバラバラにされてしまうのでは、という恐怖がツヴァイが脳裏をよぎる。その前になんとかしてこの場から逃げ出す方法を必死で考えるも、アインスの存在がそれを許してはくれなかった。
ツヴァイはおそるおそるアインスに訊ねる。
「あ、アインス姉さん。なぜボクをここに連れてきた?」
「オクスのために」
ツヴァイの顔からみるみるうちに血の気が引いていく。
「ボ、ボクをまたバラバラにするの?」
ツヴァイはカラカラに渇いた喉から声を絞り上げ、問いかける。するとオクスは、優しく包み込むような笑顔をツヴァイに向けた。
「大丈夫。そんなことはしないよ。どうやら君は過去に酷いことをされたみたいだけど、僕はそんなことをするつもりはない」
「ホ、ホントに?」
「本当だよ。だって、僕は君と同じアインスを実験のために切り刻んだりしたことはないよ。まぁ採血くらいはするけどね」
クレアはしゃがみこみ、ツヴァイと目線を合わせる。
「大丈夫。もし、このおじさんがツヴァイに変なことしようとしたら私がおじさんのことを切り刻んでやるから。安心して」
「えっと…」
「私はクレア・ソーパー。クレアでいいわ。このおじさんの助手をしてるの」
「は、はぁ…」
ツヴァイにはクレアの大胆なファッションはまだ刺激が強く、小っ恥ずかしそうに目が泳ぐ。
「なに?恥ずかしがっちゃってるの?可愛いわねっ!…よし、決めた。オクス。ツヴァイは私の家に住まわせるわ」
「落ち着け、クレア。返り討ちにできたとはいえ一応、アインスを襲ってきた子なんだぞ。アインスの側に置いておくのが最善だろう」
「大丈夫よ。ツヴァイは、もう誰も襲ったりしないもんね?」
クレアはツヴァイの両肩を掴み、真っ直ぐな眼差しを向ける。しかし、ツヴァイはその眼差しに対して、強く睨み返す。
「オ、オレは、今まで散々人間のオモチャにされてきたんだ。それなのにっ…!それなのに、今さら許せるわけがッ!?」
クレアはツヴァイの言葉を遮り、力強く抱き寄せた。クレアの顔は穏やかに微笑み、そして力強い声で語りかける。
「ソイツら、ツヴァイが殺してやたいって思うくらい酷いことをしたんだよね。だから、ソイツらのことは許さなくたっていい。だけどね、だからといって他の人間まで嫌いにならないでほしいの。少なくとも、私達はツヴァイに酷いことをしないわ」
「そんなのっ…!そんなの信じられるか!」
「信じられないかもしれない。でも、信じてほしい。アインスがその証拠よ。私達はアインスを娘のように想っているわ。そして、私達はツヴァイのことだってアインスと同じくらい大切にするわ」
「なんで…」
ツヴァイは、超生命体である自分に優しく接するクレアを戸惑いを隠せなかった。自分をただのモルモットとしてしか扱わなかった冷徹な人間とは違う、ツヴァイという個人として温かく接してくれたのは、クレアが初めてだったから。
「なんで?だって、目の前に泣いている子どもがいたら放っておけないわ」
「………ッ!!」
「もう、誰も襲わなくていいの。私達がツヴァイの味方よ」
×
「いらっしゃい。って、娘っ子にナンパ坊主じゃねぇか。そこの二人は親御さんかい?」
「このお店は客を不愉快にさせるサービスでもあるのかしら?」
ビルの余計な一言に、クレアは顔をしかめる。
四人は広めの席に腰をかけ、メニューを開いた。オクスの隣に座ったアインスは、注文を急かすようにパタパタと足をぶらつかせる。
「こら。行儀が悪いぞ、アインス」
「はやく。ホットケーキ」
クレアは、隣で恥ずかしそうにうつ向くツヴァイにメニューを渡す。
「なにか食べたいものある?アイス?ケーキ?特別にジュースも頼んでいいわよ」
「なんでもいい、です」
「なんでもいいはダメ。顔をあげてメニューから選びなさい」
渋々と視線をあげて、あるメニューを指差した。全員の注文が決まり、オクスが店員を呼ぶ。
「ご注文は?」
「コーヒー二つと、紅茶を二つ。それと…」
「それと?」
「ホットケーキを四つ、ください」
オクスは、照れくさそうに笑った。
end
スウィート・ライフ 怜 一 @Kz01
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