第22話 ファミレス作戦会議

 今年より文化祭は、ジャンルごとに優秀賞と佳作を決めるという。入賞した団体は、来年度のホール使用料金が割引になる。

「佳作入賞を目指しましょう」

 芳賀が息巻く。

「甘いこといってんじゃねえ。やるなら一番を目指せ」

 滝村先生が芳賀を鋭く睨みつける。

「市民演劇協会は俳優会の役者さんを半数以上揃えてきます。あと、タレントさんをゲストにした団体も、市外から参加してきます。佳作だって、難しいです」

「俺はな、俳優会の役者と、タレントは大嫌いなんだよ」

 滝村先生曰く、俳優会の役者は柔軟性が乏しく一本調子、タレントは文句しかいわない。どれだけこの人、俳優会とタレントに酷い目にあったんだ。ただのやっかみじゃなかろうか。

「現実問題として、ネームバリューや話題性のある団体のほうが有利です」

 珍しく芳賀が滝村先生に歯向かった。勢いがあるときの芳賀は、巨漢なので迫力がある。

「選考って、どうやるんですか」

 俺は訊いた。

「ボランティアで観劇好きの市民二十名と、市会議員、あと公演ごとの場内アンケートを考慮するそうです」

 そりゃ名のある劇団、とかタレント、に分がある。

「他に、全ジャンルから選ばれる市長賞もありますが、こちらは望み薄です」

「なんでですか?」

「市長の奥様の所属しているサークルが、毎年受賞しています」

「……なるほど」

 頷くしかない。

「うちのメンバー人数少ないしなあ……。それに『かもめ』のキャスト数もいないですよ。そもそもなんでいきなりチェーホフしばりになったんですか」

「市長の奥様が、どうやら最近、渋谷でやっていたチェーホフの舞台を観劇したようです」

 チェーホフは人気だ。年がら年中、世界中のどこかで上演されている。

「市長の奥様は去年末から絵画サークルに入っています。前は陶芸、その前はたしかガラス工芸だったかな。いずれのサークルも市長賞を受賞しています」

 奥様が、習い事が大好きだということだけはわかった。

「コーヒーおかわり」

 滝村先生が俺に空になったカップを渡した。我々は駅のファミレスで会議中だ。

「はいはい」

 俺はカップを手に立ち上がる。

「湯を足して薄くしてくれ。眠れなくなるから。アメリカンで」

 じゃあコーヒー飲むなよ、とは勿論いわず、俺は立ち上がった。

 コーヒーを持って戻ってくると、滝村先生が、芳賀のタブレットを見ながら唸っていた。

「この女、美人だが腰まわりがもう少し発達していないと出産のとき大変だぞ」

 覗いてみると、テレビでたまに見かける若手女優だ。出産まで気にされ、いちゃもんをつけられたら、女優も大きなお世話だろう。

「この子、杉並の演劇サークルに出るんですよ」

 タレントさんがゲストの団体、というやつだ。

「なんでまたテレビタレントが杉並の市民劇団に」

「スキャンダルで事務所解雇されたんですよ、この子。男の家から朝帰りで。ほら、男性グループのチャラいのと付き合って」

 男性グループの名前は聞いたことがあったが、歌はなに一つ知らなかった。時代に取り残されている。スキャンダルだの朝帰りだの、どうでもいいわ、とも思ったが、神妙に頷いた。

「これなら晴美のほうがましだな。あいつは顔も尻も演技もいい。いい骨盤を持っている」

 骨盤ときた。

「晴美を中心にしてキャスティングしろ」

 なんとなくそういう展開になるだろうなとは予測できていた。

「でもまだやるとは晴美も」

「結婚してやる、とでも抱いてやる、とでもいって口説け」

 結婚なんていったら、低収入を馬鹿にされるし、抱いてやるなんていった日にはボコボコにされる、と想像してぞっとした。

「新規で四名参加したい、という連絡を頂いています」

 芳賀がいった。

「親子で参加したい、という方と、年輩の男性、あと、文伯座の劇団の方から」

「劇団?」

 俺はびっくりしてしまい、訊き返した。

「はい、若い女性の方で、志村裕子さんです」

「なんでまた」

 研修生がよその芝居に出ている場合じゃないだろう。

「誰だそいつ」

 滝村先生はいった。

「発表会を観にきてくれた、研修科の子です」

「まったく印象にないな」

 滝村先生は首をかしげ、コーヒーを一口飲んで、顔をしかめいった。

「おい、もっと薄くしてこい。俺を殺す気か」

「これ以上薄くしたらコーヒーじゃないですよ」

 俺はいった。

「お茶が飲みたくなってきた」

 それには答えず、滝村先生はいった。

「持ってきます」

 俺は立ち上がる。波乱含みの文化祭だ。『血の婚礼』ができないのは残念だが、『かもめ』も勿論挑戦したい作品だ。あとはキャストが揃うかが問題だった。そんなことを考えながら、ドリンクバーの湯のボタンを押していたら、コップから熱湯が溢れ続けていた。

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