第21話 かもめ?

 来週、文化祭の参加申し込みが始まるという。まだ俺は演目を決めかねていた。ロルカの『血の婚礼』をしたい。だが大ホールの舞台で、このメンバーでやるのにふさわしい演目は他にないものか、と考えているところだった。全員、次はなにをやるのか、とわくわくしているのを隠そうとしない。

「晴美さんは出てくれないんですか」

 晴美ファンの麗奈が訊いた。俺は、晴美に次も出てくれるのか、訊いていなかった。待っているんだろうな、と思っていたが、演目が決まるまでは頼むことはできなかった。

「皆さん、これ見ましたか?」

 芳賀が遅れてやってくるなり、いった。手には新聞を持っている。

「割引券でもついてるんですか」

 終わったらみんなでラーメンでも食べようか、と雑談をしているところだった。

「違いますよ。みんな地元の新聞読んでないんですか」

「読まないよそんなの」

 麗奈がいうのを無視し、芳賀は新聞を広げた。夏祭りのお知らせや、俳句の投稿作品が紙面を飾っている。

「だからなんなんですか」

 和田が面倒そうに訊いた。

「わかんないんですか」

 芳賀は心外といった顔をしているが、さっぱりわからない。

 しょうがないな、と芳賀は新聞の片隅を指差した。写真に、晴美と麗奈が映っていた。『みごとな女』の舞台写真だ。

「え、え、これどこで売ってるの」

 麗奈が新聞を奪い取っていった。

「そこのホールに置いてありますよ、タダで」

 そこには、『市民劇団が発表会』と、地域の芸術活動コーナーに記事が載っていた。文伯座・境隆司さんが指導、新劇仕込みの骨太な演出を市民が経験、とある。

「実はね、写真をいろんなとこに送っておいたんですよ。これを見てメンバーが増えないかなって」

「わたし、去年押し花でこのコーナーに載ったんです」

 片岡さんが誇らしげにいった。

「これ読んで、やりたいって人がいたらいいなあ」

 大ホールでの芝居を、どう見せればいいのか、俺はいまだに決心どころかはじめての経験で、怖じ気づいているところがあった。


「こんなことやってんのね」

 劇団事務のおばちゃんが、にやにやしながらいった。手にしているのは地元新聞である。

「なんでそれ……」

「一昨日滝村先生が持ってきた」

 俺は頭を抱えた。

「ちゃんと活動報告してよ。事前にいってくれたらホームページでも告知するし。境くんの紹介ページに更新しておいたから」

 そういって劇団ホームページをひらいた。


境隆司 四十二期 演出部所属 

主な演出作品

『朝に死す』自主発表会

『アガタ』アトリエ公演演出

外部演出

『みごとな女』おため市民演劇センター

今後の活動

『演目未定』おため市民演劇センター(十一月) 


 十年劇団にいるが、表立って書けるプロフィールなんてこれだけか。名簿リストから井上のページを開く。


井上志郎 四十四期 演出部所属

主な演出作品

『女中たち』自主発表会

『調理場』アトリエ公演

『冬物語』本公演

『幽霊はここにいる』研修科発表会

今後の活動

『かもめ』本公演

『キャバレー』××プロ主催


 倍の演出数、そして今後も目白押しだ。しばしページを呆然と眺めている俺を「ほら、仕事しなさい、仕事」とおばちゃんは事務室から追い払った。

「見たぜ、境よう」

 ノコギリ片手に材木を切っているとき、藤島先生に声をかけられた。

「お前と滝村で悪巧みしてるってもっぱらの噂だぜ」

「してませんよ、そんな」

 隠れてやっていたせいでとんだ言いがかりだ。

「お前は滝村組だからなあ」

 この劇団の連中はすぐに誰と仲がいい、で派閥を組みたがるのだ。

「そんなつもりはないっす」

 三十過ぎて、若いやつみたいないいかたをしてしまった。藤島先生からしたら、俺など卵の殻が頭についているひよっこか。

「お前もいい度胸っていうか、来年井上が劇団でやる前に『かもめ』やるってのもすげえな。しのぎ削るにゃ若い奴潰してなんぼだもんな、俺ら。こええこええ」

 俺はなにをいっているのかさっぱりわからなかった。

「どういうことですか」

「あのよくわかんねえとこで、やんだろ、『かもめ』。滝村が朝、養成所の授業前にやってきて、いいふらしてたぞ」

「聞いてませんけど……」

「大将があれじゃ、若え衆も大変だな」

 そういって藤島先生は去っていった。やくざ映画か、と俺は毒づいた。

 俺は鞄のなかにいれっぱなしだった携帯を出した。着信十件、すべて滝村先生の携帯から。メールが一件、芳賀からあった。

『境様、文化祭が今年から、テーマを設けるそうです。今回はチェーホフとのこと。滝村先生に事前に連絡したところ、「柴崎のところはなにをやるんだ」と問い合わせをいただきました。おため市民演劇協会の皆さんは『かもめ』をやる、とお伝えしますと、「うちも『かもめ』でいく」と。「境も同じ気持ちだ。俺にはわかっている」と仰られ、「しのごのいわずに参加する旨、市に伝えて来い」というので、登録しておきました。十一月二十五日本番です。また、滝村先生より「これは戦争だ。弔い合戦でもある。不退転の心構え、緊褌一番で挑むように」と伝言をいただきました。芳賀』

 メールを読み終えて、呆然とした。俳優会。柴崎耕作。なにより、俺が『かもめ』で競い合う? かつての苦い思い出がよぎる。俺の初演出と比べられた作品。それが、俳優会公演、柴崎耕作演出の『アガタ』だったからだ。

 しばらく画面を眺めていると、滝村先生から着信があった。俺は、電話をとるべきかいなか、迷った。そして、決心して、電話をうけた。

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