第19話 幕がおりる

「良かったです」

 吉田が俺に駆け寄ってきた。今にも泣き出しそうな顔をしている。

「ありがとう」

 俺はいった。

「いいなあ、って」

 吉田は舞台のほうを見ていった。ギャル集団が麗奈を囲んで騒いでいた。片岡さんも、押し花サークルの皆さんなのか、年配の女性たちと話していた。

 俺と吉田の横を、ずっとゲームをしていた子供と親が通り過ぎた。俺は去って行く二人を目で追った。なにしに来たんだ、あいつら。

「うらやましいです」

 吉田がいった。

「やろうよ」

 俺はいった。

「文化祭、出演者が足りないんだ」

 吉田は困った顔をして、それから、考えさせてください、といって出ていった。絶対あいつ、戻ってくるな、と俺は確信した。

 平嶋さんがやってきて、俺に謝った。

「わたし、やっぱり、もう一度やりたいです」

 俺はあの姑のことが頭に浮かんだ。

「大丈夫ですか」

「基礎トレーニングだけでも、受けたいです。発表会とか、出られないかもしれないけど。休むこともあるかもしれないけど……、駄目でしょうか」

 勿論、と俺はいった。演劇を好きになってくれる人を一人でも多く作ることが、俺のここでの目標だ。

 滝村先生とのぞみ、久義くんが帰るのを、俺と晴美が見送ろうとしたとき、志村裕子が近づいてきた。

「勉強させていただきました」

 滝村先生に深くお辞儀をしていた。俺にいえよ、と思ったが、放っておいた。アピールしようと一所懸命の裕子を、晴美は醒めた目で眺めていた。嫌いなタイプなのだろう。

「ああ、卒公頑張れよ」

 滝村先生にどうやら顔は認識されているらしい。

「わたし、井上さんの『冬物語』に出させていただいて……」

「すまん、それ観てないわ」

 一刀両断。前のめりの裕子をざっくり切り捨て、滝村先生は去っていった。一瞬晴美の口元が緩むのが見えた。あの女は底意地が悪い。

「良かったです、とても」

 井上がいった。

「良かった」

 俺は心底安心した。

「晴美さん、やっぱり凄いです」

 晴美以外は……訊かないでおこう。たしかに晴美のおかげで緊張感のある舞台になったのだ。足を向けては寝られない。家に帰ったらソファーの位置を動かそうか。

「秋にも公演をやるんですね」

「晴美は出るかわかんないけどね」

「なんでですか」

「そこまでは話になってない」

 これが終わって、やっと次のことを考えることができる。

「なあ」

 俺は井上にいった。

「打ち上げタダでいいから、荷物を劇団に持って帰るの手伝ってくんない?」

 井上は、はい、といい声で答えた。こいつが皆に好かれるがよくわかった。

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