ビックリカツのカッちゃん(改)

@AL_chan

第1話ビックリカツのカッちゃん

①市民公園・グラウンド

   野球をしている子供たちがいる。

   中島健二(9)が打席に向かう、その傍らを豊崎春樹(9)がついていく

春樹「ちょっと、僕にも変わってよ!」

   健二はめんどくさそうに振り返る

春樹「さっきからちっとも僕に回してくれへんやんか!」

健二「うるさいな。下手クソに打たせたら負けるやろ!」

   と、春樹の肩を押す。

健二「バット振っても走っても、腹がブリンブリンやもんな!」

   春樹のTシャツからはち切れんばかりに膨れ上がったのお腹。

   春樹は顔を真っ赤にして踵を返す。

春樹「僕、帰る!」

健二「勝手にしろや、ブリンブリン!」

   他の子らも野球を止め、「ブリンブリン」と合唱する。

   春樹、涙ぐんでその場を立ち去る。


②淀川河川敷(夕)

   春樹は土手から河川敷の広場に下りる階段に座り込み、涙を拭いている。

   立ち上がろうとすると、ポケットに違和感を感じ、中をまさぐる。

   駄菓子の『ビックリカツ』が出てくる。

   顔を険しくして、放り投げようとする。

   眼下の広場にいる野良犬に気付く。中型の雑種。

   犬は草や花をクンクン臭うと、酔ったように原っぱでゴロゴロしだす。傍らを

   自転車やジョギングする人、散歩中の犬が通りかかっても気にも留めない。

   春樹、力が抜ける。

春樹「ええな……独りでも楽しそうで」

   と呟きながら階段を下りていく。

   野良犬、起き上がり川岸へと続く藪に囲まれた小道を行く。

   春樹、少し焦り気味に追いかける。

   野良犬、いきなり藪から現れる。

春樹「うわっ!」

   と尻もちをつく。

   野良犬、春樹に近づく。

   春樹の手に持つビックリカツに鼻を近づけ、ヒクヒクさせる。

春樹「欲しいんか?」

   野良犬と目が合う。舌を垂らしている。

春樹「お腹減っとんの?」

   犬は手入れされた様子もなく、毛並みもボサボサだ。

春樹「ええで、僕もう食べへんから……」

   と、ビックリカツを与える。

   春樹、がっつく野良犬を見て、微笑む。


③住宅街・駄菓子屋・外観

   下町に溶け込んだ古めかしい一軒家の駄菓子屋。


④同・内

   狭く古めかしい店内で、春樹が店番をしているおばあちゃんから、いくつかの

   ビックリカツを手渡される。

駄菓子屋のおばあちゃん「春樹君はこれ大好きやねぇ」

   春樹、顔をしかめて

春樹「僕が食べるんやないです!」

   と言い、店を出ていく。

   おばあさんは不可解な顔をする。


⑤市民公園・外観

   野球のグラウンドは公園の外の道路から見える。

   春樹が道路を歩いている。

   グラウンド前に十台ほどの自転車が停まっている。

   健二や同級生たちが野球をしている。

   春樹、睨むも、すぐあきらめ顔で目を逸らす。

   そのまま公園を通り過ぎる。

   健二が春樹に気付く。

   が、寂しそうな後ろ姿に、バツ悪そうに目を逸らす。


⑥淀川河川敷

   低い雲が空を覆う曇天。

   藪に囲まれた小道に春樹と野良犬。

   春樹がビックリカツを野良犬にやる。むしゃぶるようにがっつく。

春樹「ホンマ好っきやなぁ……」

   と、野良犬の頭や背を撫でる。

春樹「ビックリカツが好きやから、ビックリカツのカッちゃんや」

   と、野良犬ことカッちゃんを撫でる。

   野良犬、寝転がり、腹を見せる。


⑦豊崎家・外観(夕)

   住宅街の中の一軒家。比較的新しい。

   空は暗く、風が強い。


⑧同・リビング&キッチン(夕)

   座卓とカウチが並ぶリビング。

   春樹が落ち着かない様子で吐き出し窓から空模様を眺めている。

   春樹、麦茶を一口ゴクリと飲むと、玄関へ向かって歩いていく。

   続きのキッチンで夕食を作っている豊崎小春(37)が振り返る。

小春「どこ行くの? 天気悪いで!」

春樹「ちょっと学校、忘れ物取りに!」

   とリビングを出ていく。


⑨淀川河川敷(夕)

   春樹が土手を下りている。傘を差し、カッパを小脇に抱えている。

   藪の小道に入る。藪が風で激しくなびいている。雨が斜めに降っている。

春樹「カッちゃーん!」

   不安そうな表情で呼びかける。

春樹「カッちゃーん! いたら返事して!」

   辺りを見渡しながら歩き回る。

春樹「ええから出てきてや、カッちゃん!」

   カッちゃんが道の奥から現れる。尾を振っている。すっかり濡れている。

春樹「カッちゃん、おいで!」

   と言い、カッパを被せる。

   続いてパツパツの半ズボンのポケットからビックリカツを取り出す。

春樹「風邪ひかんようにな」

   と、手に持ち与える。がっつくカッちゃん。

   勢いあまって春樹の指を噛む。

春樹「痛っ!」

   皮膚が破れ、血が出てくる。

   春樹、傷口をジッと見つめる。カッちゃんが舐めようとし、手を引っ込める。


⑩豊崎家・玄関(夜)

   雨に濡れた春樹が帰ってきて、傘を畳む。

   小春が出迎える。

小春「あんたどうしたの、ずぶ濡れじゃない⁈」

   春樹は無言。長靴を脱ぎだす。

小春「あぁ、待ちなさい」

   小春は一旦立ち去り、バスタオルを持って戻ってくる。足拭きマットを差し出

   す。春樹、その上に乗る。

小春「ジッとしてなさいよ」

   小春が春樹の体をバスタオルで拭く。

   手指まで丁寧に拭くと、春樹が痛みに耐える表情をする。

   小春が体を拭き終えタオルを広げると、血がついていることに気付く。

小春「(驚きの表情で)何これ……」

   春樹、拳を握りしめている。

   小春、春樹の目を見るが、逸らされる。

   小春が一本一本春樹の指をほどいていくと、指先の怪我を見つける。

小春「あんた、この怪我どうしたの?」

   春樹、何も答えない。

小春「これ、犬とかに噛まれたみたいやね?」

   春樹は顔を上げ、

春樹「健二君ちの飼ってる犬に噛まれたんや。連れてきてて……」

   小春、疑いの視線。

小春「野良犬やったら野良犬て言わなあかんよ。怖い病気持ってるかもしれへんで」

春樹「怖い病気ってなんなん?」

小春「狂犬病言うてね、かかると100%死ぬんよ。酔ってるようにゴロゴロしてる

 犬に噛まれると危ないの。すぐ病院に行って直してもらわんと」

   春樹、ハッとする。

小春「もしそんな犬いたら、保健所に連れてってもらわなあかんけどね……」

春樹「保健所って、連れてってどうするん?」

小春「危ないから可愛そうやけど殺してまうんよ。誰か病気になるとあかんからね」

   春樹、顔が強張る。

小春「ほら、まずはお風呂入って。それから消毒したるから来なさいね」


⑪同・春樹の部屋(夜)

   6畳程の洋室。まだ新しい学習机がある。ゲームやマンガが散らかっている。

   湯上りの春樹が部屋に入ってくる。

   しばらく棒立ちし、ベッドに散らかるズボンや服を眺める。

   ×  ×  ×

小春の声「春樹、もう上がったの?」

   小春が部屋に入る。

   電気は点いているが、誰もいない


⑫淀川河川敷(夜)

   ますます雨脚が強くなっている。

   春樹は藪の小道にいる。傍らにはカッちゃんがいる。

春樹「な、行こ? ここにいてたら捕まってまうで」

   と、カッちゃんにカツを与えながら背に手を触れる。

春樹「大人しくしててや」

   濡れるのも構わずカッちゃんを抱く。

   カッちゃんは大人しくしている。

   元々ついていた首輪の金具がカチャりと鳴る。

   春樹、カッちゃんを抱えたまま河川敷の広場をとぼとぼ歩く。

春樹「でも、どこ連れてこう……?」

   途方に暮れて空を仰ぎ見る。

   再び歩み出す。首輪の金具がカチャカチャ鳴る。

   ×  ×  ×

   春樹が傘を首で押さえ、カッちゃんを抱えながら土手まで登ってくる。

   土手の道を一台の自転車が通りかかる。

   自転車に乗っているのは健二だ。カゴにバットとグローブが入れてある。

   急ブレーキをかける。春樹は驚いて固まる。

健二「なんや、ふとっちょやんか、何してん、こんなとこで?」

   春樹、バツ悪そうに目を逸らす。

健二「野良犬か、その犬?」

   と、カッちゃんを覗き見る。

春樹「ほっといてぇな……!」

   健二、顔をしかめ、

健二「あぁ、そうか!」

   と、再び走り出そうとする。

   春樹、振り返る。

春樹「あの……ごめん!」

   健二、再び停まる。


⑬健二の家・庭(夜)

   平屋建ての古い家の狭い庭に健二と春樹、カッちゃんがいる。

   庭の隅には犬小屋がある。

健二「ウチの犬寝とるし、別にいいやろ?」

   健二は犬小屋から離れた軒下にカッちゃんをやり、紐を結び首にかける。

健二「とりあえずこうしとこうや」

   春樹とカッちゃんが見つめ合う。


⑭同・内・玄関(夜)

   鍵を開く音。真っ暗な中玄関が開き、春樹と健二のシルエット。

春樹「おじゃまします……」

健二「誰もいいへんで」

   と玄関を上がり、電気を点ける。

健二「うち、親帰るの遅いから」

   すぐ脇の洗面所へと入り、タオルを春樹に差し出す。

健二「とりあえずこれで体拭けや」

   春樹、ぎこちない表情でタオルを受け取る。


⑮同・居間

   まだコタツが敷いてある居間、少し散らかっている。

   春樹が落ち着かない様子でコタツに入っている。

   健二が温かいコーヒー牛乳を盆に入れて持ってくる。

   カップを一つ春樹に差し出す。

春樹「ありがとう」

健二「ええで、別に」

   少し居心地の悪い間。沈黙

春樹「健二君すごいな。自分でコーヒー淹れれるなんて」

健二「独りでいると、これぐらい普通やて」

春樹「ふーん」

健二「それにしても、やるやん。親に反抗して、野良犬逃がすなんて。見直したわ!」

春樹「いや……それほどでも」

   と、素直に照れる。

健二「俺は応援したるで。しばらくあの犬、置いてたってええから」

   と、春樹の肩を叩く。

春樹「本当!?」

健二「あぁ、なんとか親には誤魔化しとくで」

   春樹、嬉しくなって頬が緩む。

春樹「あの……ごめんな。この前、野球、途中で帰って」

   と、俯き加減で言う。健二、顔を曇らせ

健二「いや、俺も悪かったて思う。ベンチばっかいれてて、嫌やんな」

   春樹、顔を上げる。

健二「イヤイヤつきあっててくれてたんやろ? それで来てくれてたのにあんな感じに扱われたら、嫌やんな?」

春樹「いや、別に……」

健二「俺、時々思うねん。俺、家に帰っても暇やから、みんな誘ってるけど、みんなはどう思ってるんやろって……」

   春樹、黙って健二を見つめる。

健二「だから、嫌な思いさせてたら、ごめんな」

   と、顔を上げる。

春樹「ううん……健二君が、そんな風に思てるなんて、知らんかったから」

   健二も顔を上げて、春樹を見つめる。

   途端に健二、目をむく。

健二「おまん、顔赤いで⁈」

春樹「え……?」

   春樹の顔は真っ赤。自ら額に手を当てる。

   健二も続いて手を当てる。

健二「あかん、お前、熱あるで⁈」

春樹「あ、ほんまや。言われてみたら」

   と言い、微笑む。表情はぼんやりとしている。

健二「アホ! 何で早よ気づかへんねん⁈」

春樹「ごめん、なんかシンドなってきた……」

   と言い、ゆっくりと床に寝転がる。

春樹「お母さんに言われてん。犬に噛まれたら病気になるよて。それかな?」

健二「どんな病気なんや?」

春樹「なんか、病院行かんと、死ぬらしい……」

健二「ほんまか? そんなの聞いたことないけど……」

   春樹、目がトロンとしている。

健二「あかん、なら病院行かな!」

春樹「あかん、内緒にしといて?」

健二「アホぬかすな! ここで死なれても困るわ! ええやろ⁈ 犬の事は内緒にしたるから」

   春樹、微笑み頷く。

健二「言え、電話番号!?」

春樹「07の……」

   沈黙。

春樹「何番やったっけ?」

   健二、苦虫を噛み潰したような顔をする。

健二「もうええ、行ってくるわ!」

   と言い、玄関へと向かう。


⑮同・居間&庭

   健二が小春を連れてやってくる。二人とも血相を変えている。

小春「ありがとう、健二君」

   と言い、春樹に駆け寄る。

小春「春樹、どうしたの⁉」

   小春、春樹の額に手を当てる。

小春「ヒドイ熱……」

   春樹、目を覚ます。

春樹「お母さん……」

   と、肘をついて起き上がる。

   小春、春樹の肩に手を添えて、

小春「どうなってんの? お風呂あがって、何で家から出ていったん?」

春樹「それは……」

   言いにくそうに口をもごもごさせる。

   庭からけたましい犬の声が聞こえる。

   小春、健二が吐き出し窓に駆け寄り外を見る。

   犬小屋に繋がれた黒い中型犬と軒下のカッちゃんが、お互い吠え合っている。

   健二、頭を抱える。

   小春、春樹を見る。

   春樹、覚悟を決めて、立ち上がる。

春樹「なぁ、お母さん。お願いやから、保健所には言わんといて? 病院行かんでえ

 えから、カッちゃんは連れてかんといて……?」

   春樹の目に涙がたまる。

春樹「だってカッちゃん、友達やから……カッちゃん悪ぅないから、友達やからぁ……!」

   春樹、泣き出してしまう。

   健二も悲し気に目を伏せる。

   小春、驚きに言葉を失うが、少し間を置いて微笑み、しゃがんで春樹と目線を

 合わせる。

小春「春樹はあの犬、どうしたいの?」

   春樹、しゃくりあげながら小春を見つめる。

春樹「誰かもらってくれる人、探すぅ~……」

   最後はしゃっくりで流れて聞こえない。

小春「うん、そうやね。生き物飼うのは責任あるからね。なかなか育てられへんで」

   小春、春樹の頭を撫でる。

小春「そもそもね、ごめん。お母さん、噓ついてたの」

   春樹、しゃっくりが止まる。

小春「狂犬病は、もう日本にはないの。無くなったの。だから春樹が、噛まれて病気

 になる心配はないんよ。正直に言うてくれるかなと思って、嘘ついたの」

   春樹、健二、驚きの表情。

小春「でも、万が一何かあったらあかんで。熱下げる薬もらいに行くついでに、お医者さんに見てもらおうな?」

   春樹、急に破顔して、大泣きする。

   小春、微笑ましく思い、春樹を抱きしめる。

   後ろから健二が微笑んで眺めている。


⑯市民公園・野球場

   よく晴れた緑萌ゆる公園内の野球場で、バックネット脇で素振りする健二。

   春樹が現れ、健二に近づく。

健二「おぅ、今日はカッちゃん連れてへんのか?」

春樹「うん。……昨日の日曜に、飼い主の人が来て、連れてってくれた」

健二「やっぱりなぁ。へんやと思ったんや、首輪つけてるんやもん」

   健二、素振りを続ける。

健二「きっと、脱走したんやな」

   春樹がクスクス笑う。

春樹「な、今日も入れてくれへん?」

   健二、春樹を見る。春樹はグローブをはめている。

健二「いつまでも下手なままやったら承知せぇへんからな」

   と、春樹の肩を叩く。春樹は笑う。

   そのまま二人でベンチまで駆けていく。

健二「フライぐらいは取れるようになれよ。足遅いんやで」

春樹「えっ、ひど~」

健二「よかったら練習つきあったるから」

春樹「ほんま? ありがと~!」

   空は高い。入道雲が立ち込めている。


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