第四話 弾丸と老ドワーフ


スドゥン爺さんは、カウンターにバーンロッドの弾薬を並べた。

真鍮製の金属薬莢弾、粉末にした火の魔晶石を紙に包んで蝋で封した紙製薬莢、紙製薬莢の爆発で射出する鉛玉。


ハリーとユエルは、それらを挟んでスドゥン爺さんと向き合っている。

幾重にも皺が刻まれた顔には、このドワーフに隠された真剣さが見え隠れしている。

ユエルはギグの事もあってか、スドゥン爺さんと話がしにくい様子だ。鍛冶屋の中は沈黙に包まれている。

「話があるって聞いたんだが」

沈黙を破るように、ハリーが言った。

「おお、あるとも。だが先にこいつらの説明をさせてくれ」

スドゥン爺さんは、金属薬莢弾と紙製薬莢を手に取った。

「こいつらは分かるな?」

「ああ、いつも使ってるやつだ」

ハリーがそう答えると、スドゥン爺さんは二つの布袋をカウンターに置いた。

「30ずつある、持っていけ。それとこいつだ」

次にスドゥン爺さんは、一つの金属薬莢弾をカウンターに置いた。

「特別製の弾だ」

ハリーはそれをじっくり観察するが、いつもの弾と変わらないように見える。

「どこが違うんだ?同じ弾だろ?」

「たしかに。こいつはお前の『フェンリル』に入っている弾と同じやつだ。だがな、一つ大きな違いがある」

そう言うと、部屋の片隅に置かれた試し切り用の木製人形を指さした。

「あれを撃ってみろ」

「『フェンリル』で?」

「そうだ」

ハリーはホルスターから『フェンリル』を抜いて、人形を撃った。

狙いは外れることなく、砲声とともに人形の眉間に穴が開いた。

「『フェンリル』を貸してくれ」

ハリーは自分の得物を渡すのに一瞬だけ躊躇したが、『フェンリル』をスドゥン爺さんに渡した。

「見てろ」

スドゥン爺さんは『フェンリル』の弾倉から全ての弾を取り出すと、一発だけ先ほどの特別製の弾を込めた。

そして弾倉を回転させて、特別製の弾が発射される位置で止めると、慎重にハンマーを上げた。

そして、木製人形に狙いをつけて引き金を引いた。

ドオン、と腹に響くような砲声が鍛冶屋を震わせた。あまりに大きな砲声に、ユエルがびくんと体を震わせた。

木製人形の頭部は、無残にも吹き飛んでいた。いかなる剣士の試し切りに耐えていた頑丈な木製人形が、粉々に吹き飛ぶほどの威力。

人に使えばとんでもないことになるだろう。

「魔晶石を限界まで詰め込んだ。まだ試作品だが、持っていけ。それと、あまり何発も撃つなよ。バーンロッドの方がぶっ壊れる」

スドゥン爺さんは、カウンターから特別弾の入った小さな袋を取り出すと、『フェンリル』と一緒にカウンターに置いた。



ハリーはそれらをしまっていると、ユエルが聞いた。

「壊しても直してくれないんですか?」

「馬鹿言え。こいつのバーンロッドは特別中の特別だ。なにせ六連発式のバーンロッドなんて、長く生きていてその二つしか見たことがない」

スドゥン爺さんの言うとおり、『ガルム』と『フェンリル』は特別なものだ。

海賊や軍に使われるバーンロッドは、一発撃つごとに火薬と鉛玉を銃口から入れる先込め式の単発銃が主流である。

ハリー自身もこの二挺のバーンロッドに関して、元の出どころは分からない。師匠から聞いた話では、『門』から出てきた男に死に際に託された。ということだが、

師匠が死んだ今となっては、確かめるすべはない。

「そんな特別なものだったんですね」

「ああ、だから壊してくれるなよ。俺がそのバーンロッドの複製を完成させるまでな」

「言われなくても、大事にしてるよ」

ハリーがそう言って、弾の代金を取り出そうとした時。

「いや、金はいらん」

スドゥン爺さんが止めた。ハリーは訝しむように老ドワーフの顔を見た。

「…ありがたいけどな、爺さん。タダってわけじゃないだろ?」

「もちろんだ」

「もしかして、あんたのしたがっている話とこの物騒な弾に関係はあるのか?」

「そうだ。察しがいいな」

そう言って、スドゥン爺さんは話し始めた。

「昨日、オルビスが来た」

「オルビスさんが?何か買いに来たんですか?」

ユエルは不思議そうな様子だ。酒場の仕事の仲介人であるオルビスが鍛冶屋に足を運ぶことはごく稀だからだろう。

「いや、伝言があると言っていた。ハリーがここに寄ったら、伝えて欲しいことがあるってな」

「なんて言っていた?」

「『オーク凶暴化の原因を突き止めた。手を貸してほしい』とさ」

「すごいじゃないですか。あとはその原因をどうにかするだけですよ」

「そうだ。オルビスも、あとは人さえ揃えれば何とかなると言っていた」

スドゥン爺さんは頼みこむように言った。

「なあ、ハリーよ。戻ったばかりで悪いんだが、オルビスの仕事を受けてくれねえか。その代わり、今渡した弾の代金はチャラにしてやる。どうだ?」

ハリーは人に頭を下げるのを何よりも嫌う、この頑固なドワーフの老人が、こうして自分に頼みこむの初めて見た。

「そうまでして、ギグを気にかけてるのか?」

「はっ、誰があんな馬鹿弟子なんぞに……」

スドゥン爺さんはそれ以上答えなかった。その裏には気恥ずかしさがあるのか、それともギグが連れていかれるのを、黙ってみているしかなかった事に対する後ろめたさがあるのか。

ハリーも答えなかった。オルビスに対して断った手前、すぐに意見を変えたくない。

「ハリーさん」

ユエルはハリーを見た。じっと、真っすぐに見つめてくる瞳にハリーはこの上なく居心地が悪くなった。

「わかった、わかったよ。そんなに見るなって」

ハリーは渋々と承知した。

「オルビスに話して仕事を受けてくる」

「本当か?」

「ああ、それにどちらにしろ受けるつもりだった。こうなったら、もう他人事じゃない」

ハリーは、ギグに蹴られて痛む腹をさすった。

「なら早く行け。いつものように酒場にいるんだろう?あいつは」

スドゥン爺さんは少しだけ笑いながら、追い払うように手を振った。

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ザ・グレイブディッガー 深層魚 @glayrock

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