白雪姫は王子様の夢を見る。

青柳朔

白雪姫は王子様の夢を見る。

 鏡よ鏡、この世でいちばんうつくしいのはだぁれ?


 鏡の答えは決まってる。いつだっていちばんうつくしく、いちばん愛されているのは白雪姫だ。

「……その白雪姫は、ふたりもいらないでしょう」

 トイレの鏡を睨みつけてわたしはため息を零した。毎日念入りに手入れしている黒い髪はつやつやだし、日焼けしないように年中注意しているおかげで肌も真っ白だ。唇には新作のリップを塗って、完成。


 今日もわたしはちゃんとかわいい。




七宮ななみやは確かにかわいいけど、その計算っぽいところが顔に出てんだよな」

 にやっと笑いながらそう言ったのは、友人の加賀美かがみ透子とうこだ。

「出てないし。出してないし」

 計算っぽいってなんだ。失礼な。わたしは別にそんなことは考えてない。ただ、素敵な王子様が恋に落ちるのはかわいい女の子じゃないか。だから自分を磨いているだけなのだ。

「んー。なんかね、イイ男を狙っていますって空気がバリバリなんだよね。肉食系って感じ。イマドキの草食男子は逃げるよ」

 ふんだ。逃げるような男はいらん。

 小さな頃からずっと憧れていた。かっこよくて、素敵な男の子。それこそおとぎ話の王子様のような恋人を作るんだって決めていたの。

 ――だってそれが許されるくらいの努力はしてきたのよ?

「……それなのに……」

「それなのにねぇ……」

 くっ、と机の上で拳を握る。

 わたしの理想の男の子は現実にもいた。勉強はそれほど得意じゃないけど、スポーツは得意で、背も高く、猫っ毛の茶色い髪はふわふわで、人懐っこい笑顔が素敵な笹木ささき太一たいちくん。誰もが認める我が高校の王子様だ。

 ――それが。

「なんで男とデキてんのよおおおおお!」

「七宮、声デカイ」

 腹の底からの悲痛な叫びはうまく制御することなんてできない。加賀美の冷静なツッコミにも反応できない。

「あくまで噂じゃん。ま、親友なのは誰の目にも明らかだけどねぇ」

 そう、わたしが恋する笹木くんには親友がいる。なんで男に生まれたんだっていうくらいに綺麗な、男がうっかり血迷ってもおかしくないくらいに可憐な、白馬はくば幸彦ゆきひこという親友が。ちなみに彼は昨年の学園祭の女装男装喫茶でまさしく白雪姫になっていた。どんなもんだと見に行ったが、あれはどこからどう見ても女の子だった。

 それ以来彼のあだ名は『しらゆきくん』だ。

「くっ……完全に出遅れている……!」

「諦めて他の男を探したら?」

「なんでよ! 他に王子様なんていないでしょこの学校には!」

 正直そこそこのイケメンは他にもいる。けれどそういう奴らは性格に問題があったりするのだ。文句なし合格点の王子様なんてなかなかいるものじゃない。なかなかいないからこそ、王子様なんだから。

「その王子様目当てをやめたらいいじゃん。そしたらすぐに彼氏できると思うよ」

「だって……!」

 おとぎ話の最後はいつだって、王子様としあわせになりました、じゃないか。それならしあわせになるには、相手は王子様じゃなきゃダメじゃないか。

 それともなに? わたしはしあわせになりたいって願ったらダメなの?

「七宮さんって王子様を探しているの? 思ったよりロマンチックなんだね」

 突如わたしたちの会話に割り込んできたのは、何を隠そう今まさに話題に上っていた白馬幸彦だ。

 聞いていたのか。立ち聞きなんて趣味が悪い。

「そうなのよねぇ、しらゆきくんも言ってやってよ夢見すぎだって」

 くすくすと加賀美が笑いながら白馬くんを見上げる。わたしはむすっと頬を膨らませて黙り込んだ。

 なによ夢見たっていいじゃない。だって一度きりの人生なんだから。

 誰だって今よりもしあわせになりたいし、ハッピーエンドがいいって思うでしょう?

 しかし白馬くんは加賀美に同意することなく、ふわりと笑う。

「いいんじゃない? かわいいと思うよそういうの」

 なんだそれは。勝者の笑みか。

 どんなに可憐な笑みを浮かべようがわたしには通用しないぞ恋敵め。大人しく笹木くんから手を引くといい。

「それに七宮さんは美人だから、並の男じゃ釣り合わないかもね」

「白馬くんに言われても嫌味にしか聞こえないんですけど」

 美人に美人って褒められても、ねぇ。

 こういう場合、褒め言葉は社交辞令なんかじゃなくて口撃だよねぇ。

「嫌味なんて心外だなぁ。俺だって男だし美人には弱いよ」

「鏡見てくるといいよ美人に会えるから」

 嫌味を返したわたしに白馬くんは「あはは」と女子生徒も男子生徒も悩殺されかねない爽やかな笑顔を浮かべた。

「わりとよく言われる」

「でしょうね」

 悔しいくらいにさらさらの黒髪も、ニキビ知らずの白い肌も、何も塗っていないのに薄紅色の唇も。きっとわたし以上に手入れなんてしていないのに、わたし以上に綺麗なんだから。神様は本当に不公平だ。男の子にこんなうつくしさを与えなくてもいいじゃない。

「……七宮さんって、俺のことあだ名で呼ばないんだね」

「ああ、しらゆきくんってやつ? だって白雪姫からもじったあだ名なんて男の子としては嫌なんじゃないのかと思って」

 まぁ、わたしの気遣いなんて無駄なんじゃないかってくらいに本人は気にしてないようだけど。それにあだ名で呼ぶほど親しくもない。

「そういうの、七宮さんらしいよねぇ」

「……なにそれ」

 どうでもいいから、早くどっか行ってくれないかなぁ。

 加賀美はにやにや笑いながらわたしと白馬くんを観察している。こいつは人間観察が趣味だからなぁ。近ごろ友人というより観察対象にされている気がする。

「機嫌損ねちゃったかな? はい賄賂」

 くすくすと笑って白馬くんはポケットから取り出した飴玉をわたしの手のひらにのせる。賄賂って。わたしは悪代官か何かだろうか。

 ちょうど予鈴が鳴ると、白馬くんは「またね」と自分の席へ戻った。どうして白馬くんと同じクラスで笹木くんは隣のクラスなのか。どうして寄ってくるのは恋敵の白馬くんなのか。

 ――世の中ってホント、うまくいかない。




「七宮、悪いけどこれ化学準備室まで運んでくれないか」

 運悪く廊下で化学の先生に捕まってしまった。先生をじろりと睨みながら、わたしは嫌な表情を隠さず答えた。

「……これ、とても一人で運べる量じゃないですけど」

 そこにあるのは大きな段ボールがふたつと、少し小さめの段ボールがひとつ。無造作に廊下に並んで置いてある。ノートが詰め込まれていたり資料が突っ込んであったりでいろいろだ。

「適当に男子でも友達でも捕まえりゃいい。最悪、往復するんだな。これから会議なんだわ」

 悪びれない先生に、わたしは頬を膨らませた。

「横暴ですよ叔父さん」

「学校では先生。じゃ頼んだぞ、美雪みゆき

 くく、と笑いながら叔父さんこと西町にしまち先生は手を振って廊下の向こうに消える。先生って言っておきながら自分だってつられてわたしを下の名前で呼んだじゃないか。悪い噂を流してやるぞ、このやろうめ。

 こういうとき親戚が先生だと面倒ごとを頼まれやすくて困る。加賀美はとっくに帰ってしまったし、こんなとき急に頼みごとをできるほどの友人は他にいない。

 どうせあとは帰るだけの放課後だ。しかたないから往復しよう。そして化学室で待って叔父さんに何か奢らせた上で家まで送ってもらおう。秋も暮れゆく一方のこの季節、暗くなるのは早い。

「よっと」

 とりあえずダンボールを持ち上げたところで「七宮さん」と背後から声をかけられた。

「どうしたのそれ。手伝おうか?」

 その声は憎き白馬幸彦だ。反射的に断ろうと振り返って、思わず言葉を飲む。なんと笹木くんもいたのだ。

「……西町先生に頼まれて」

「先生もひっどいなぁ。すごい量じゃん、手伝うよ。七宮さんはそっちの持ってくれる?」

 笹木くんはわたしが持っていたダンボールを受け取ると、いちばん小さくて軽いひとつを示した。なんという紳士! さすがである。

「太一、いちばんデカイの俺に残すわけ?」

 白馬くんは笹木くんを睨みながらもいちばん大きなそれを持ち上げた。へぇ、細身なのに力はあるんだ。白馬くんも美人とはいえ、ちゃんと男の子だもんなぁ。

「ありがとう、何度か往復しなきゃダメかなぁって思っていたから助かっちゃった」

 化学室まではそれほど遠くないけど、さすがに重そうなダンボールを運ぶのはこの細腕には重労働だ。いや、もちろんたるんだりしないようにほどよく筋肉はつけているんだけど。

「七宮さんに頼まれたらどんな男でも喜んで手伝うと思うよ」

 にっこりと笑う笹木くんは、ちょっと幼い感じでかわいい。思わずきゅんとしてしまった。

「そ、んなことないと思う。わたしより白馬くんのほうが美人だし」

「幸彦は美人でも男じゃん」

 あはは、と笑いながら笹木くんは男の頼みなんて聞いてもね、と零しているので、んん? とわたしは少し心にひっかかった。

 白馬くんとデキてるっていうのは本当にただの噂なのかな? でももしかしたら隠しているからこういう言い方しているだけなのかもしれない。

「七宮さん、ドア開けられる?」

 今まで黙っていた白馬くんに声をかけられて、ちょっとびっくりする。そうか、白馬くんも声だけだとしっかり男の子だよなってくらいには低い声なのか。

「あ、うん。ちょっと待ってね」

 軽い小さなダンボールなので片手で支えられないこともない。ポケットに入れて置いた化学室の鍵を取り出していると、荷物が少し軽くなった。

 ――ん? と顔を上げると白馬君が壁と右手で自分の荷物を支えながらわたしの荷物を左手で持っている。器用なもんだ。

「……ありがとう」

 恋敵に素直にお礼を言うのはなんというか悔しい感じもするが、しかたない。礼儀を欠くのは人としてダメだ。

「どういたしまして」

 わたしの内心の葛藤を読んだように、白馬くんはくすくす笑う。

 ガラリとスライド式の扉を開けて、化学室の机にどさりと荷物を置く。まったく人遣いの荒い叔父さんだ。

「よし、任務終了!」

 笹木くんも空いている机に荷物を置いて朗らかに笑った。

「二人ともありがとう」

「これくらいお礼を言われるほどのことじゃないよ」

 どういたしまして、と笑いながらもこういう切り返しができるところも笹木くんのよいところだと思う。

「太一、そろそろ行かないと小夜さよちゃん待たせちゃうんじゃないの」

 白馬くんがそう告げると、壁の時計を確認して笹木くんは「やべっ」と慌て始めた。

「ホントだ。じゃあ七宮さん、お疲れ!」

「え、あ、うん。ありがとう」

 慌てて走り去る笹木くんに手を振りながら、ちらりと聞こえた名前を頭の中で繰り返した。――小夜ちゃん。それはどう考えても女の子のものだった。

「七宮さん、小腹すかない? 飴いる?」

「え……ありがとう」

 彼はなんでいつも飴を持ち歩いているんだろう、とぼんやり考えながら白馬くんがくれた飴を口の中に放り込んだ。さわやかな林檎の味が広がる。妙に甘酸っぱく感じた。

「……笹木くんって彼女いたんだ」

 ぽつりと零れた声は、自分でも驚くくらいに平然としていた。これが失恋したての人間だなんて誰も思うまい。

「他校の子だけどね。七宮さんも、俺と太一がデキてるって噂を信じていたクチ?」

 さらっととんでもない発言をされて、思わず飴玉を飲み込みそうになってむせる。

 ご、ご存知でしたか。まぁ一部の女子はそれをネタにきゃーきゃー盛り上がっていますもんね、よほどの鈍感でもない限り、気づかないわけがないか……。

「まぁ、そんなとこかな」

 ごほん、と咳払いをして答える。笹木くんに彼女がいたという現実が、不思議とそんなに悲しくないのは、わたしが本気で笹木くんが好きだったわけじゃないだからだろうか。

 自分の理想の王子様なら、誰でもいいのかな、わたしは。

「……ふぅん? 七宮さん、帰るなら送るよ。暗くなってきたし」

 なんだか意味ありげな笑顔な白馬くんの紳士的な申し出に、わたしは首を横に振った。白馬くんの住まいがどこかは知らないし知らなくても困らないが、わざわざ送ってもらう必要はない。

「あ、いや。西町先生に送ってもらうつもりだったから、いいよ」

 わりとこうして手伝いや委員会などで遅くなると、叔父さんに送ってもらっている。先生方のなかで叔父と姪であることは周知の事実なので、もう慣れたものだ。

「……西町先生に?」

「うん、だから白馬くんは帰っていいよ。手伝ってくれてありがとう」

 白馬くんの声が、わずかに低くなったような気がした。機嫌でも損ねるようなことを言っただろうか、と思ったけれど、彼の笑顔は西日に照らされていつものように綺麗なままだ。赤い夕日によって、白馬くんが目を伏せると長い睫毛が影を落とす。本当に、何もしなくても綺麗なんだからずるい男だ。

「七宮さんって、太一狙いだと思っていたんだけど、違ったのかな」

 いや狙っていたんですけどね。それもバレていたのか、とわたしは苦笑した。

 隠していたわけじゃないし、わたしが恋敵のように白馬くんを敵視していたことにも、聡い彼は気づいていたんだろう。それならそれで、早く真実を教えてくれればよかったのに。

「笹木くんは確かに理想どおりの王子様だけどね」

 彼女がいるのだとわかった以上、わたしの王子様候補ではない。心配しなくても、わたしは他人のものを略奪しようなんてことは考えておりませんよ。

「……それじゃ、七宮さんの王子様は西町先生ってこと?」

「は?」

 なんの冗談かと思ったが、白馬くんの顔は真剣そのものだ。

「家まで送ってもらうほどの関係なんでしょ?」

 じとりとした目で白馬くんはわたしを見ている。これはなにやら多大な誤解が生まれた気がする。

「いや、ありえないし。西町先生は叔父さんだから」

 慌てて手をぶんぶんと振って否定した。叔父と姪は結婚できませんよ。物語のハッピーエンドはお姫様と王子様は結婚してしあわせになりました、でしょ。昼ドラみたいな展開はまっぴらごめんだよ。

「……おじさん?」

「うん、叔父さん。先生たちの間じゃ有名だけど、そういえば生徒で知っているのは加賀美くらいかなぁ」

 わたしは友達は多くないのでね、そんなプライベートなことは話さないよね。

「……なんだ、そういうこと……」

 ぽつりと白馬くんは納得したように呟いた。誤解がとけたようで何よりだよ。

「じゃあ、七宮さん」

 にっこりと、それはそれは誰もが魅了されるであろう笑顔で白馬くんはわたしを見つめてきた。

「はい?」

「俺が七宮さんと一緒に帰りたいから、送らせてくれない?」

「……ナゼデショウ」

「俺が七宮さんのこと好きだから」

 ……うん。

 …………うん?

「……今のは空耳でしょうか」

「空耳じゃないね。俺、七宮さんのこと好きなんだけど。俺は王子様になれない?」

 いやだってあなた、王子様っていうよりお姫様じゃないの。

 考えていたことが顔に出たんだろうか、白馬くんは一瞬かなしそうな顔をした。う、とわずかながらの良心が痛む。

「――そんなに、王子様じゃなきゃダメ?」

 静かな問いに、わたしはきゅっと唇を噛んだ。それは、何度も聞かれたことのある問いだった。

「王子様がいいっていうわけじゃないの、でもね、絵本のなかの女の子はどんな子だって王子様としあわせになるのよ」

 灰をかぶったシンデレラも、毒林檎を食べた白雪姫も、みんな王子様がしあわせにしてくれる。

「三つ子の魂百までって言うじゃない。小さい頃からしあわせになるには王子様に見つけてもらうしかないんだ、王子様を見つけるしかないんだって思っていたら……そんな恋しかできなくなっていたんだもの」

 それを恋と呼べるか否か、ときおり胸が苦しくなることもある。だって今も、笹木くんに彼女がいると分かって、わたしの心は潔く切り替えることができるんだもの。

「まるで、七宮さんが自分で自分に呪いをかけたみたいだ」

 ふ、と柔らかく微笑みながら白馬くんが告げる。そうね、そうかもしれない。わたしは答えを口にできなくて苦笑した。

「でもそれなら、呪いを解くのはわりと簡単かもね」

「……白馬くん?」

 なぜわたしはいつの間に壁に追いやられているのでしょうか。逃げようとしても白馬くんの腕で封じられる。これはまさか壁ドンってやつか。ドンってされてないけど。

「七宮さんって、けっこう無防備だよね」

 小首を傾げるその仕草は、女のわたしでもくらりとくるくらいにかわいいけれど。

「どう、いう」

 意味、と問いかけようとして唇を塞がれた。混乱は一瞬で、すぐに白馬くんの胸を押すけどびくともしない。こんなに細いのに、どうして。

 ――ころん。口の中で転がっていたはずの飴が奪われて、唇も離れた。

「こういうこと」

 にっこり、と白馬くんは微笑む。

 悲鳴も文句も驚きの前には咄嗟に出てこない。口をぱくぱくさせてわたしは白馬くんを見上げる。そんなわたしを見て白馬くんはまたくすりと笑った。

「お姫様の呪いを解くのは、王子様のキスって決まっているんだよ」

 耳元でひめごとのように囁かれる。身体中の血液が沸騰したんじゃないかっていうくらいに熱い。誰だ『しらゆきくんって誠実そうだよね』なんて言っていた奴は! とんだ痴漢野郎じゃないか!

 キッと白馬くんを睨みつけて思いっきりほっぺを引っ叩いてやった。小気味いい音が化学室の中に響いた。


 ――くそ、返せわたしのファーストキス!




 鏡よ鏡、世界でいちばんうつくしいのは……わたし、じゃなくていいからこの状況をなんとかしてほしい。

「だから言ったじゃん。王子様探しやめれば? って。そうすりゃ別の意味で極上の男が手に入るって話さ」

 向かいに座る加賀美がそれみたことかと言いたげな顔で笑った。

「教えてよ!」

「気づかない七宮が悪い。わりとしらゆきくんはわかりやすかったよ」

 そんなことを言うのは加賀美くらいなものである。翌日から白馬くんの猛アピールが始まった。白馬くんは男友達と親しくすることはあっても、特定の女子にかまうなんてことはなかった。クラスメイトたちは驚きつつひやかしている奴らがほとんどで、誰ひとりとして助けてはくれない。

「俺としてもけっこうアピールしていたつもりだったんだけど、通じないみたいだからもっとわかりやすくいこうと思ってね?」

 今も当然のようにわたしの隣に座って、白馬くんはにこにこしている。

「いらない! わかりやすさとかいらない!」

「でも俺、太一よりもいい物件だと思うけど?」

 知っているわよそんなこと。白馬くんが成績も優秀だしスポーツも万能で、他人からの評価も高いってことくらいは。そりゃそうよ、誰からも愛される『しらゆきくん』だもの。

「わたしは正統派の王子様が好みなのであって優良物件なら誰でもいいってことじゃない」

「俺も何年かすれば女顔はマシになってたくましくなると思うよ?」

 そりゃあね? 高校二年なんて男の子からすればまだまだ成長期でしょうから? 白馬くんだってこれから可愛いっていうよりかっこよくなるのかもしれないけど!

「誰が自分より美人を隣に置きたいって思うのよ。大人しく王子様になってくれる女の子探したら?」

「七宮さんって辛辣だよねぇ」

 くすくすと楽しそうな白馬くんは、いっこうにめげない。

 わたしが悔しそうな顔をするたびに、彼は勝ち誇ったように笑っている。絶対に性格悪い。

「七宮はそうやって振り回されているほうがかわいげあると思うけど?」

 加賀美の客観的な意見に白馬くんは「だよねぇ」と相槌を打った。くそ、友人は既に買収されているらしい。四面楚歌だ。

「――七宮さん、飴いる?」

「……いらない!」


 あれ以来林檎味の飴を食べられなくなった。いやしかし、あれは断じてキスじゃない。犬に噛まれたようなものだ。わたしがそうと言ったらそうなのだ。

 忘れようとしてもしっかり脳裏に焼きついてしまって、ころんと転がる飴玉を見るたびに白馬くんの顔が浮かぶ。


 ――でももしかしてあれは、毒林檎だったんだろうか。


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