第14話 この美しい世界で

 命令だ。ダリオの命令には従わなければならない。

 僕は杭を手に取り身構えた。

「ダリオ、心臓を元に戻しなさい。そして童貞坊やを止めさせなさい」

 ローラが命令をする。ダリオはそれに逆らえない。

 ダリオの手が背中から引っ込んでいく。僕はそれを追うように握った杭を真横に振った。

「童貞坊やって言うな!」


 ローラの絶叫とダリオの絶叫が混じり合い、打ち消し合い、そして血に染まった雪の上に二人のヴァンパイアが寄り添うように倒れ込んだ。ローラは絶命し、ダリオは虫の息だ。


「ローラって、あのカーミラに取りつかれた物語の主人公のことですよね。いや、それよりも、これはいったい。あなたは僕を利用して……なんでこんなことに」

 ローラはそのまま朽ち果て、骨だけになった。ダリオの心臓が雪の上に嫌な音を立てて落ち、その横にダリオが仰向けに横たわる。

「すべては俺の気まぐれさ。やつがカーミラじゃないことはすぐに分かった。SFとホラーのオタクをなめるな。そんなことは常識だ。だがな、ローラだとは分からなかった。ただ、カーミラという存在を知り、その名を騙るというだけで、俺は満足だったのさ」


 そうだった。この男は僕の嫌いな昭和なオタク中年だった。


「だから騙されてやったのさ。困っているというから助けたまでは、確かに騙された。だが、奴が吸血鬼の本性を現し、カーミラだと名乗った時に、嘘だとわかった。それで俺は騙されてやることにした。だから生きたいとは言わずに、死にたくないと言ったんだ」


 それは僕の理解を超えていたし、そこにたどり着こうとも、向かおうとも思わなかった。


「僕とあなたは永遠に分かり合えないということが、今ようやくわかりましたよ。僕はあなたが嫌いです。芝大吾さん」

「そうかい。俺もお前が嫌いだ。平成ボーイ」

「何、それダッさ」

「口のきき方を知らない奴だ。いつか痛い目にあうぞ」

「もう、あっているし」


 ダリオは僕に視線を合わせず、ずっと分厚い雲から降り注ぐ雪を眺めている。

「好きにしろ」

 ダリオは言う。

「何を」

 僕にはわからなかった。

「お前はまだ、吸血鬼にはなっていない。なぜなら吸血鬼が吸血鬼たることを何一つしていないからだ」

「よく、わからない」


 吸血鬼的なこと――太陽が苦手、十字架が苦手、コウモリや狼に変身する……そして人の血を吸う。


「だから今なら、自分で方をつけられる。その杭を俺の心臓に打ち込めば、人間に戻ることができる。主人であるローラが滅しても、私は吸血鬼性を長い間行使してきた。つまり吸血鬼として完全な存在に望んでなったのだ。その意味ではローラと同じなのかもしれんが、その謎も永遠に解けることはないだろう。ローラであることは間違いないが、ローラがどうして吸血鬼になったのか。そういうことに興味がある。それを知るまでは死ねないとも思う。だが今は満足している」


 僕は考えた。


 ダリオのことローラのことそしてカーミラのこと。


「童貞のまま、死ぬのはいやだ」

 僕は彼女のことを考えた。

 もし吸血鬼の超人的な力を手に入れたのなら、僕は、彼女を好きにできるのか。


「やるなら、俺の気が変わる前にやるべきだ。こうして雪を見ていると気持ちがいい。また、いつ、こういう機会があるかわからないからな」

 僕はダリオの横に大の字になり、舞い降りる雪を眺めた。

「好きにするさ、この美しい世界で、僕は好きにする」


 東京の雪はまだ、やむ気配がなかった。



おわり

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平成Vamp めけめけ @meque_meque

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