第13話 カーミラの正体
「カーミラ、それは俺の眷属だ。弄ぶのはやめてもらおうか」
カーミラは背後から僕の二の腕を強く掴んだ。僕は情けない悲鳴をあげ、もがき苦しんだ。
「あのときお前は、"死にたくない"と言った。だからお前に不死を授けたというのに、望みを叶えたわたしの命を狙うとは、とんだ逆恨みよね。ダリオ」
ダリオは屋上の鉄柵の上に立っている。僕はそれを見て、少しだけ悔しく思った――かっこいいじゃないか。中年の癖に。
「童貞の命乞いなんて、笑う以外ないのだけれど、同情したわたしが馬鹿だったのかしらね」
「そう俺をいじめるなよ。それに俺は厳密にはあのとき童貞ではなかった――シロウト童貞ではあったがなぁ」
だから大人は嫌いなんだ。
なんだよ、この会話――意味わからないし、キモい。
「それで、わたしをこんなチンケな餌で釣って、どうしようっていうの? まさか復讐でもするつもり」
「まさか。そんなことをしてやる義理も人情も俺にはないな」
「じゃ、何がしたいの?」
「借金の返済だ。貸していたものを返して貰おう」
僕は痛みに耐えながら、ダリオの話を思い出していた。
ダリオはベルリンの崩壊後、東側に潜伏していた女吸血鬼を助けたといっていた。
命乞いをされたと言っていた。
だが、カーミラは僕と同じように命乞いをしたのはダリオだと言っている。
"死にたくない"と、僕がダリオに言ったように死にたくないと命乞いをしたと言っている。
矛盾している。
だから大人の言っていることは信用できない。
どいつも、こいつも嘘つきばかりだ。
「騙したのか……」
僕は思ったことをそのまま言うキャラクターではないが、もう、どうにも我慢ならなかった。
「騙される奴が悪いのよ。坊や」
カーミラは嘲笑う。
「それは違う。騙されたと思うやつが悪い」
ダリオが低く、強い口調で僕ではなく、カーミラを否定する。
「何それ、何がちがうというのよ」
「騙されてやっているということも、世の中にはあるのさ。カーミラ。いや、カーミラに心を奪われた女、ローラ」
カーミラの腕の力が抜けた。僕はその手を振りほどき、ダリオが立っている屋上の鉄柵のところまで逃げたが、カーミラに掴まれている感触がずっと両腕に残っている。
僕はまだ背後にカーミラがいるのかと思わず振り返ってしまった。
そこにはダリオからローラと呼ばれた、1人の少女が立っていた。
「わたしを観るなと言っただろう!」
女吸血鬼が僕めがけて襲い掛かってくる。これで終わりかと思った瞬間、目の前が真っ暗になる――あの時と同じだ。
ダリオの背中から一本の腕が生えていた。その腕は真っ赤な血に染まり手には心臓が握られていた。
「小僧、ローラの後ろに回れ! 早くしろ。長くは持たんぞ」
次の瞬間、ダリオが絶叫を上げる。ローラの右手に握られたダリオの心臓が握りつぶされようとしている。
僕は叫び声を上げながらダリオの指示に従った。
そう、僕はダリオの命令には逆らえない。
そうでなければ、動くこともできなかっただろう。
「こんなことは、こんなことは!」
女吸血鬼が苦悶の表情を浮かべ、僕を睨んでいる。
「童貞が、このわたしに……何をしようという」
僕は女吸血鬼の背後にまわる。背中から心臓を握ったダリオの右手が生えていた。
「これを使え」
ダリオはポケットから何かを取り出し僕に放り投げる。カラカラと乾いた音をたててそれは転がった。
「その杭でローラの心臓を撃ち抜け」
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